何も考えずに生きている
わたしたちは日の沈む方角へと、ひたすら草原を歩いていた。ううん、わたしたち、というよりはヴィルは、だ。
わたしはヴィルに背負われていたから。
わたしが裸足だから気を遣ったのか、それとも彼が言ったように、単に筋トレがしたかったからなのかまではわからない。
いずれにしても、紳士なのだと思う。たぶん。きっと。そうだといいな。
「ヴィルってお父さんみたい」
「そんな年齢ではない。というか、俺よりおまえの方があきらかに年上だぞ」
「へえ……え!? そんなわけないじゃん?」
自分で言うのもなんだけど、ルナステラのカラダはすごく可憐なのに。
「いや、ヴァストゥール家がルナステラによって倒壊させられた日に見た彼女の姿は、いまのルナと変わらん。ルナステラは年を取らんのだろうな」
いくら魔女でもそんなことある?
「実際に記録によれば、ルナステラは数十年前からすでにその存在を目撃されている」
「ええ!? わたし、お婆ちゃんなの!? ……それ、彼女のお母さんとかじゃないの?」
「さてな。それより質問を蒸し返すが、ルナはこれからどうしたいんだ?」
「……? だから、靴と食べ物を――」
「そうではない。もっと長期的な話だ」
あ、そっか。カリゴールは永住できるような街じゃなかったんだった。でも、どこに行っても魔女は追われる身らしい。国を移っても、国境を越えて討魔連盟が追ってくる。
じゃあどうしたらいいんだろうと、少し考える。
答えはひとつ。魔女狩りをやめてもらうしかない。
「ねえ、ヴィル。連盟に出資している国っていくつあるの?」
「世界の大半の国家が共同で出資運営している。大国と呼ばれる国力のある国に至ってはすべてだ。出資していない小国に逃げようとも、おまえがルナステラの肉体である限り連盟は追ってくるだろう」
そうよね。じゃあやっぱりもう根本から断つしかない。
「その連盟の拠点ってどこにあるの?」
「……おい、おいおいおい、何を考えているんだ?」
ヴィルの声があきらかに戸惑った。ずっとわたしを背負って歩き続けてきたのに、その歩みさえとめてしまって。
だからわたしは背中からヴィルの顔を覗き込んで、努めて明るい声で言う。
「連盟の一番偉い人のところに行って、説得できないかなーって思って。どうせ逃げても仕方ないんでしょ。だったらこっちから行くよ」
ややあった。
ややあって。
「ふ……」
ヴィルがうつむき、再び歩き出した。
太陽が赤く染まって夕日が草原を静かに照らす。
彼の肩が、背中が、少し揺れていた。歩み以外の原因で。
「どうしたの?」
「ふ、くく、くっくっく、ぶふ、は――っ」
そうして突然、ヴィルは大声を上げて笑い出した。
空を見上げ、大口を開け、野太い声で大笑いだ。
「ちょっと、真面目に聞いてる?」
「ぶは、ふふ、ははは! いや、すまんすまん! ぷ、くくく!」
わたしは彼の背中で腰を上げ、身を乗り出し半眼になって横顔を睨んだ。
「……ヴィ~ル~?」
「いや、くくく。あまりに突飛過ぎてな。まさかそうくるか。考えたこともなかった」
わたし、そんなに変なこと言ったかな。
「よもや連盟そのものをぶっ潰す気だったとはな。これは驚いた。おまえはやはりルナステラ・アストラルベインだ。たとえ中身が違ったとしてもな。――ふは、はぁーはっはっは!」
え、待って待って。
「わたし、潰すとは言ってないよ。お願いするだけ。魔女狩りやめてくださいって」
「ハッ、どうせやり合うことになるっ。しかし真っ先に連盟を狙おうとは。いやはや、ルナステラですらそのような発想には至らなかっただろうよ」
「わかるの?」
「あいつがそう考えていたなら、大げさではなく世界は戦禍にあっただろう。魔族と人間族がそこら中で殺し合っていた時代のようにな」
なぜ彼女はそうしなかったのだろう。本当に謎の多い魔女だ。
「だが、だからこそおもしろい」
おもしろいって。他人事だと思って。
でも彼、かなり楽しそう。こんなに笑う人だったんだ。
こんな顔を見ていたら、わたしも嬉しくなっちゃう。
「手伝ってくれる? お互い無罪放免になって、生きたい場所に自由に行こうよ! 気ままに世界旅行とかできたら、きっと楽しいよ!」
「いいな。連盟には俺も頭にきていたところだ。やつらは俺が丹精込めて育て上げてきたこの筋肉を、魔法だなどとインチキ扱いをする。知らしめてやるのにはちょうどいい機会かもしれん」
インチキって。わたしの力はその魔法なんですが。
「まあいいや。手伝ってくれるなら、一緒に説得だー! おーっ!」
「ああ! 完膚なきまでにぶっ潰してやろう!」
いや、だから違うってば! この人と一緒に行って大丈夫かしら?
「ところで、連盟の本拠地ってどこにあるの?」
「知らん」
ほんまこの人……。
ノリだけで生きてるなあ。
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