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とても紳士だ




 さすがに疲れた。息が整うと同時にお腹の空きも戻ってきた。

 わたしはワイバーンを指さしてヴィルに尋ねる。


「ねえ、これって食べられる?」

「腿や胸など無難な部位なら食えんこともないだろうな」


 食べられないこともない。ずいぶんと持って回った言い方だ。何か難があるのだろうか。


「毒?」

「いや、間接的な共食いになるかもしれんからだ」

「あー……」


 そうか。そうだった。わたし、これに食べられかけたんだった。ということは、ワイバーンは人間を食べる生き物なんだ。人肉を食べた生き物を食べるのには、確かに勇気がいる。

 ヴィルが不思議そうな顔で、ムキムキっとわたしに尋ねてきた。


「ルナのいた世界には魔物や魔獣はいなかったのか?」

「いないよ。魔物も魔獣も想像上の生き物だもん」


 でもわたしはワイバーンという名を知っている。ドラゴンの頭、ワシの脚、コウモリの翼に、蛇の尾……は違ったけど。ゲームや物語には登場するから、存在は知っていた。

 ということは、この世界と地球には何らかの繋がりがあるのかもしれない。

 例えばわたしが地球からこっちに転移だか転生だかをしてきたように、こっちから地球に転移転生した人が魔物というものを伝えたのかも。そう考えると存在に納得ができる。

 本当のところはわからないけれど。

 ……ドラゴンとかもいるのかな。うわー、うわー。いるなら見てみたい。オークには捕まらないようにしないとだ。


「そうか。まあ、魔物は人間族に仇なす生き物だと覚えておくといい。そのうち、四足のものを魔獣と呼ぶ。どちらも雑食だが、人間族より強い肉体を持つ魔物魔獣は人間を襲って喰う。弱ければ小動物や草だけで生きてるやつもいる」

「へえ」


 人間とあまり変わらないな。かつてのわたしは自力では草さえ食べられなかったけれど。


「ルナはこれからどうするんだ?」

「ご飯食べたい」


 何年ぶりだろう。自分の口で何かを食べられるだなんて。夢みたいだ。

 いつ殺されてもおかしくない状況だし、できることならおいしいものはいつも食べていたい。


「あと……靴」


 わたしは白いスカートの裾を少しつまんで、軽く持ち上げた。

 素足だ。あまりの事態に気にしている暇はなかったけれど、さすがに危険かも。この世界、毒草とかありそうだし。

 ……関係ないけど足なっが! うっそ! ルナステラったら、腰の位置高すぎん?


「待て、それ以上はめくるな」

「あはい、ついつい」


 紳士だ。


「靴か。まずは街だな。かといってラーズヴェリアの聖都にはもう戻れんだろう。あそこは連盟に多額の資金を提供しているし、俺もおまえも面が割れてしまっている。ここからだと、カリゴール自治区が近いか」

「自治区?」

「ラーズヴェリア神権国の領内にありながら、光神エ・レを信仰しない異端者の街がある。一旦はそこへ向かう」


 異端者の街?


「そこなら魔女でも受け容れてもらえる?」


 ヴィルがムキっと肩をすくめた。


「さてなあ。ま、犯罪者や薬物中毒者、逃亡兵や賊の類が最後に流れ着く掃き溜めのような街だ。可能性はあるがおすすめはしない。女性は特にな。別に止めもせんが」

「う……」


 わたし、生きていけなさそ~。絶対にヴィルから離れないようにしよ……って。

 いまさらながらに気づいた。

 わたしは恐る恐る尋ねる。


「ヴィルは、わたしと……その……一緒に来てくれる?」


 彼には帰る家がある。ないのはわたしだけだ。頼る人もいない。道どころか、どこに何があるかもわからないこの世界で、生きる場所も行くあてさえもない。

 いままで忘れていた。わたし、この世界でひとりなんだ。

 途端に不安がこみ上げてきた。


「か、帰っちゃうの……かな……って」


 またワイバーンのような魔物に襲われたら、彼がいなければ今度こそ助からない。魔女狩りに再び遭う恐れだってある。

 ヴィルの眉が中央に寄った。困った顔をしている……ように見える。


「ご、ごめんなさい。わたし、えっと……」


 そう、そうだ。ヴィルはわたしの保護者じゃない。恋人でもないし、むしろ殴りたい相手だ。来てくれるわけがない。

 泣きそうな気分。自分が弱くて嫌になる。

 だってヴィルには、わたしの面倒を見なければならない理由なんてひとつだってないのだから。


「やめろ、その顔。ルナステラを追っていた身としては見るに堪えん」

「うう、だって……」


 それ以上に寂しい。


「ええい、泣くな。帰るも何も俺はもう帰っている」

「?」

「言っただろう。ヴァストゥール一族にとっては筋肉こそが家であり、そして世界だと」


 理解できないからやめて。その論調。


「ゆえにどこへ行こうと別に構わん。筋肉がある限り、この世界は俺の家そのものなのだからな」

「ついてきてくれるの……?」

「ああ」


 いいんだ……。すごくいい人……。そして見かけによらずとっても紳士……。

 筋肉は怖いけどちょっとかっこ良く見えてきちゃう。

 安心した途端に、ふいに、無意識に、唐突に、自分の口からルナステラの言葉が漏れる。


「でも違うよ。だってこの世界はわたしのおもちゃ箱だし」

「なんだそれは? おまえは本当にわけのわからんやつだ」


 お互いわけがわからなくて、同時に首を傾げた。

 ヴィルとルナステラって、案外似たもの同士だったのかも。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。


本日の投稿はここまでです。

明日もまたよろしくお願いいたします。

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