魔女狩りに処される
……と、ここまではよかった。ここまではね。理想通りだった。
たとえこれが一瞬の走馬灯だったとしても。
「え……」
視線を下げていくと、銀色の鎧を装着している男の人たちがいた。まるで物語に出てくる騎士みたいな。おかしいの。まだ明るいのに手には火のついた松明なんて持っていたりする。
その後ろには、さらに多くの騎士たちが、大地を覆い尽くすほどの数で詰めている。そしてその大半が、彼らより少し高い位置にいるわたしに視線を向けていた。
わたしはようやく気がつく。
「――!」
自身の手足がまるで動かせないことに。ベッドの上にいた頃よりもだ。
左右の腕は広げられ、両足はぴちりと股を閉じられた状態で固定されている。首を回して左腕を見る。枷だ。鋼鉄でできた枷が上腕と手首の二カ所を拘束し、木製の土台にはめられていた。右腕も同じ。両足もだ。
わたしは十字架にかけられていた。
胸の下や腰部にも、鋼鉄の枷がある。
なに……これ……?
「~~っ」
身体をねじっても、ほとんど動かせない。
視線を下げる。
まるで磔にされた教会の偶像のようだ。これが神様が最期に見ていた景色か。違う。さらに下、足下には薪が組まれているのだから、おそらく火刑だ。
処刑場だ……。
火あぶりなんてまるで中世のようだけれど、間違いない。
これは夢? 現実?
心臓が高鳴っていく。呼吸が荒くなっていく。じわと、全身から汗が滲み出てくる。それらすべてが確かな実感を伴っていた。
「ようやく目を覚ましたか」
騎士たちをかき分けるようにして、ひとりの男性が出てきた。
まるで神父のような司祭服をまとっている。年の頃は五十ほどだろうか。白髪交じりだけど身なりは整えられている。
彼はまず最初に、処刑場らしき広場の隅々にまで届くほどの朗々とした声でこう言った。
「フン、良き様だな、魔女ルナステラ・アストラルベイン! 我ら力なき人類が、この日をどれほど強く待ち望んできたことか!」
魔女。魔女というのは、おとぎ話なんかで毒リンゴとか食べさせるあの魔女のことだろうか。それとも変身して悪い怪人とかやっつけちゃうアニメの少女らのことだろうか。
できれば後者でありたい――けど、いずれにせよ人違いだ。わたしは魔女ではないし、もちろんそんな名前でもない。
星野月菜。それがわたしの名前なのだから。
「待って、人違いです! わたしは――!」
自分の名前を叫ぼうとした瞬間、騎士のひとりが槍の柄でわたしの腹部を強く突いた。激痛に身を丸めたくなるけれど、磔にされた状態ではそれすらできない。
口にこみ上げてきた液体に咳き込み、わたしは喘ぐように息をする。
「かは……っ……ぅ……」
信じられない。こんなことが許されるのか。
涙ぐんで苦しむわたしを見て、神父は残虐な笑みを浮かべた。
「貴様に発言を許可したつもりはない。――ああ、記録係」
そうして彼は振り返り、背後に控えていた修道士のような格好の青年に命じた。
嬉しそうに。楽しそうに。煽るように。
「さしもの大魔女も、死を間際に絶望し、言葉すら失うほど臆したと記しておけ」
「はい」
青年が羽ペンで何かを記している。
張り詰めた様子だった騎士たちが、そこでどっと笑った。わたしを嘲笑した。
この場に集った全員に向けられる悪意に、このときのわたしはまだ萎縮していた。人が怖いと、そう感じていた。
……小さな小さな怒りを蓄積させながら。
「……ッ」
だから、下唇をかみしめて、うつむいて。
そこで初めて気づく。
顔の両隣から垂れ下がる長い髪の色が黒ではなく、陽光を受けて輝く銀色になっていたことに。
次話は深夜くらいに投稿予定です。




