空にさらわれる
何度も深呼吸をする。
そうしてわたしは青空を見上げた。
息を吸って、止める。
両足に筋肉以外の何らかの力が働いているのは感覚でわかる。
「よし、飛びます」
「ああ」
「――ッ」
足裏に集中、そして――わたしは全力で地面を蹴った。
とんでもないことが起こった。轟音とともに地面が割れて爆ぜたと思った直後、すでにわたしの肉体は空へと舞い上がっていた。
風圧で何もかもが拉げる。目を開けていることすら、ともすれば息をすることさえ困難。かつて経験したことのないスピードで、わたしはロケットのように空へと上昇していた。
やがて上昇速度は徐々に収まり、頂点に達する。
「空だ……」
見上げることしかできなかった空の青があった。
雲までは全然届かなかったけれど、それでも、こんなにも近い。空に手を伸ばせば、届きそうなくらいに。
「すごい、すごい!」
空で回転、緑一色の地面を見る。
どれくらい上昇したのだろう。ヴィルがお米粒のような大きさになっていた。
見回せば、無限に続くと思われた平原の終わりも見えている。逃げてきた方角には刑場のあった街や城が見えて、逃げていく方角には遠くに森が見える。
広い……! 世界って広い……!
「あはっ」
やがて重力に引かれて、わたしは自由落下を始めた。
気持ちいい! カラダと手足の隙間を風が抜けていく! 髪や服が大暴れ!
両手両足を広げて再び空を見上げると、長い銀色の髪が名残惜しそうに空に伸びていた。
「あっははははっ!」
すごい! わたしの知識やイメージとはだいぶかけ離れていたけれど、これが魔女なんだ!
飛んだ、というよりは跳ねただけ。それでも、心躍る体験だ。
それに不思議と恐怖はない。高さに対して恐れがないのは、このカラダが問題なく着地できることを知っているからだろう。
なぜかそんな確信がある。信じられる。自分自身を。
「サイッコーッ!!」
地面がものすごい速さで近づいてきた。ヴィルの姿もくっきり見えてきている。
何やら空を指さしながら叫んでいるけれど、轟々と流れる風の音で何も聞こえない。
きっと着地の心配をしてくれているのだろう。想定していた以上に高く跳んでしまったから。
でも、きっと大丈夫。両足を地面に先につけて、膝をクッションのように使え――ば? う?
羽音――!
――アアアアァァァァァーーーーーーーーーーッ!!
「~~っ!?」
すぐ背後から耳をつんざくような甲高い咆吼が聞こえて、わたしは本能的な恐怖に思わず全身を縮めた。その瞬間、何かに全身をガシリとつかまれる。落下の勢いを急激に殺され、全身が引きちぎられそうなほどに伸びた。
「――うぐっ」
直後、わたしは再び上昇していく。ヴィルのいる地面から遠ざかっていく。
「嘘!?」
脚だ。鳥のような脚に全身をつかまれていた。
ただし、とてつもなく太く、大きい。見上げればとんでもなく巨大な鱗に覆われた焦げ茶色の胸部が見えた。翼は鳥というよりコウモリに近く、頭部に至っては、まるでは虫類のようだ。
「何、これ……?」
縦長の瞳孔。意思の通わぬ目。それがギョロギョロとせわしなく動き、やがてわたしに向けられた。
その瞬間、背筋が凍った。ぞっとした。
わかる。動物などではない。これは動物というよりカイブツだ。わたしを食べようとしている。
カイブツはわたしをつかんだままある程度の高度まで上昇すると、今度は遙か下の地面と水平に飛び始めた。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
次話は日が変わる頃に投稿予定です。