大抵のことはできる
しばらくヴィルが泣き止むまで待って、わたしはこれからのことを考えた。
ここは日本ではない。地球ですらない。魔術や魔法が存在し、まだ人が人を力で支配している世界だ。当然、わたしの帰る場所なんてない。
「ヴィルはこれからどうするの? 目的を失ったんだよね?」
「そうだな。筋トレくらいしかすることがなくなってしまった」
限定的だなあ。もっと他に何かありそうなものだけれど。
「俺がルナステラに挑むことを反対していた父や母に、どう報告すればいいのやら。――ルナ、おまえはどうするんだ?」
「わたしは……」
少し考える。
目的はあった方がいい。きっと。
「ねえ、ルナステラって家族はいるのかな?」
もしいるのなら、一度お会いしてみたい。
けれどもヴィルは首を左右に振った。
「血縁はいないはずだ。だが、根城はあるぞ」
そこに行けば、彼女の何かが知れるかもしれない。
よし、決めた。
「それって遠い?」
「さてなあ。あれは常に移動をしているから、俺にはわからん。ルナステラ本人ならばわかるのだろうが」
「移動……してるの?」
建物が移動しているのだろうか。それはそれでおもしろそうだ。ファンタジックに考えれば、大きな亀の甲羅や鯨の背に城があるみたいな。ステキかも。
ヴィルが少し肩をすくめて空を指さす。
「ああ。天空城という」
へえ? へえ? 名前からして……。
「まさか空を飛んでるの?」
「そうだ。常に世界のどこかに浮いている。運がよければ稀に雲の切れ間などに姿を見せることもあるが、大半の人々は見たことすらないだろう。古の竜よりも遭遇確率は低い」
古の竜も気になるけれど、天空城か。ビアガーデンみたい。行ったことないけど。
でも、なんだろう。胸の奥でどこか懐かしい響きに感じられる。これってカラダの感情だろうか。
「……」
てか、空飛ぶ城!? 信じられない! どうやって飛んでるの? エンジンは? 燃料は?
俄然興味が出てきた。
わたしは身を乗り出すようにして尋ねる。
「ねえ、どうやって行くの?」
「空を飛ぶ」
空を、飛ぶ?
「ルナステラって飛べたの?」
「無から有を生み出すこと以外なら大抵のことはできると言っていた」
「本人が?」
「そうだ。敗北を喫した後に一度尋ねてみたことがある。おまえの力に限界はないのか、と。そうしたら、そう答えやがった」
ええ!? ということは、いまのわたしも飛べるのでは?
わたしはその場で立ち上がる。
「どうした?」
「やってみたい! もし鳥みたいに空を自由に飛べたら、すっごい楽しそう!」
足で歩くことさえできなかったわたしが、ホウキもなしに空を飛べるだなんて! 病室の窓の外を飛んでいた鳥たちのように!
息を吸う。あのとき。処刑台から身を引き剥がしたときの感覚。騎士を突き飛ばし、レニアの頬を撲ったときの感覚。目を閉じて思い出して。
全身に力が漲っていく。万能感が頭を支配する。
髪の毛やスカートの裾がふわふわと舞い上がり、わたしを中心として草原の草が外側へと向けて倒れた。
できた。できた、けど。
「ここからどうするの?」
「知らんよ。俺は魔法使いではないからな」
ヴィルが呆れたようにそう漏らした。
「ええ……」
「まあ、魔法も筋肉のようなものだろう。大腿筋に力を込めて、目一杯跳ねてみたらどうだ?」
ロマンがないな~。それじゃバッタじゃん。空を自由に移動できないじゃん。
「ルナステラの飛行って、どれくらい自由だったの?」
「空に静止したり、雲間に消えるところなら見たことがあるぞ」
すっご!
ということは、根本的にやり方が違うということか。
でも、まあ。ちょっと。跳ねるだけでも試してみたいかも。
「やってみる!」
ぐぐっと膝を曲げる。大腿筋を意識して。そこに漲る力――魔力を集中させて。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
次話は夕方頃に投稿予定です。