痛快な人生
一通りの話は終えたと思う。
知りたいことはいっぱいあるはずなのだけれど、何をどこからどう尋ねればよいのかがわからない。
頭の中は、これからどうしよう、でいっぱいだ。あと筋肉が怖い。
草原に座り込んで話していたヴィルが、ゆっくりと膝を立てた。
「おそらくおまえはルナステラ本人なのだろうが、中身が違うというのは理解した」
「ごめんね、戦ってあげられなくて」
ヴィルがわたしの肩に両手をストンと落とし、ニカッと笑う。
「なぁに、ルナがルナステラ並の魔女になればよいだけのこと! そのときに全力で挑ませてもらうさ!」
……ひゅ……。
なんか血の気が引いて恐怖に喉が鳴った。未来に絶望じゃん。
電話みたいに彼女に変わってあげられたらいいのだけれど。あのときに聞こえた気がした心の声は、いくら呼びかけても黙したままだ。やっぱりわたしの勘違いだったのかもしれない。居留守なら、ちゃんとこのバケモノの責任を取れと言いたい。
でも、実際に返事をされたら、この肉体の取り合いになっちゃうのかな。少し怖い。そこは彼女も一緒なのかもしれないけれど。
「騎士や魔術師ごときに捕らわれたと聞いたときは耳を疑ったが、あの魔女め。どういうつもりで肉体を他者に明け渡したのやら。おまえも災難だったな。いきなりお尋ね者にされるとは」
「災難……? 災難なんかじゃないよ。嬉しかった」
ぽつりつぶやくと、ヴィルが怪訝そうな表情を見せた。
「なんだ? 違うのか?」
わたしは空に手をかざす。指の隙間からは太陽の光が漏れてきている。流れる風は心地よく、吸い込む空気はおいしい。立って歩けるし、お腹も空いた。
そう、お腹が空いた。
この感覚はいつ以来だろう。
「わたしね、病人だったんだよ」
「ふむ?」
わたしは前世での短い十五年間を語る。
ヴィルの人生のほんの一部と比べてさえ語ることなんてほとんどないから、すぐに終わっちゃったけれど。何もない。何もない人生こそが、星野月菜の人生だった。
ほとんどがベッドの上だったから。小学生未満の記憶なんてもう曖昧だし。
「だから、ルナステラが同情して肉体をくれたのかなって。この優れた魔女のカラダがあれば、やりたいことなんて何でもできるぞーって」
わたしが火刑に処されていたときに聞こえたような気がした声。
――楽しめ。世界はおまえのおもちゃ箱だ。
やっぱりあれはルナステラの声だったんじゃないかなって、いまは思ってる。だって他には考えられないもの。
「……」
「まあ、そんな理由で自分のカラダを明け渡してくれるようなお人好しなんていないよね。話を聞く限り、ルナステラはそういう性格でもなさそうだし。さすがにわかってるんだけどさ」
「……」
「でも、ずっと追われる身になったって、こうして自分の意思で生きる道を選べるのは、結構、その、爽快っていうのかな? 痛快かも?」
正直言って高揚した。
力いっぱい騎士を突き飛ばしたとき、超強いレニアを張り倒したとき、わたしの心臓は喜びに跳ね回っていた。歩くことさえ、食べることさえできなかったわたしが、いまはこんなにも力強く生きている。
追われる身になってしまったいまも、すごく胸が躍っている。目で見るもの、耳で聞くもの、すべてが新鮮で、いちいち興味を引く。
このカラダなら、まだまだいろんなものを自分の目で見て、耳で聞いて、舌で味わって、手で触れて、誰かと話すことだってできる人生が送れる。
そう思うだけで嬉しくなるんだ。
たとえ誰かを傷つけても、もう手放したくはない。そう考えると、わたしも結構悪人なのかもしれない。ルナステラみたいに。
「犯罪者になっちゃったけど、こんなんでもさ、前世で寝たきりだった頃と比べれば割と幸せなんだよ。えっへっへ」
などと言いつつ、照れ隠しの苦笑いで視線を彼へと向けたとき、わたしはギョッとした。
「ふぐぅ……っ」
「ヴィル!?」
ヴィルがものすごい勢いで泣いていたから。手で顔を押さえて、指の隙間から涙を流して。
「筋肉が……ながっだのだな……っ。……鍛えることざえ……でぎながっだのだな……っ。……つらかったな……っ」
「いや、ええっと、そこらへんは別に――」
こういう人、いなかったな。ううん。たぶん両親や祖父母は、わたしからは見えないところで隠れて泣いてくれていたのだろうけれど。こんなふうに。
ヴィル・ヴァストゥールは、まっすぐな人なんだなと、率直にそう思えた。
突然、大きな両手がわたしの肩にのせられる。
「よがっだなあ! うぐぅ、本当に、よがっだなあ!」
「はあ。まあ、そうですね……うん」
男性、それも大の大人にここまで号泣されてしまうと、なんだかかえってこっちが冷静になってしまった。
あと、肩が痛い。外れそう。
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