父は魔境へ魔獣狩りに、母は大海へ海獣狩りに
挽肉にされちゃう。岩石を片手で粉砕するような人に殴られたら、カタチも残んない。
「え~っと……」
「俺の一族ヴァストゥール家は片田舎にある貧乏貴族だったのだが、ルナステラと魔術師たちの争いで館が倒壊してな。幼き俺もそうだったが、両親がそれに巻き込まれてしまったのだ」
ヴィルは遠い目で草原の向こう側を眺め、寂しげにそうつぶやいた。
「そう……なんだ……」
そっか。ヴィルはだからルナステラを追っていたんだ。家族の仇を討つために。
そりゃあ、あんな力でやり合ったら被害だって大きいよね。
わたしは先ほどの刑場での惨状を思い出す。わたしと魔術師たち、あんな力がぶつかり合ったのだとしたら、建物なんてひとたまりもないだろう。
胸がチクチクと痛む。
「あいつは魔術師たちの放つ様々な魔術を嘲笑うようにかき消し、圧倒的な力で大地を割り、空を焦がして、人も瓦礫もなぎ払い、返り血を浴びながらけたたましく笑っていた。俺は瓦礫の下敷きとなって挟まれながら、その魔女を見上げていたんだ」
まるで悪魔だ……。やったのは、このカラダなんだよね……たぶん……。だとしたら、ルナステラの魂はどこに消えたのだろう……。
火あぶりにされたとき……あのときに聞こえた気がした声が……。
「ヴィルは家族の仇を取りたかったんだね」
その言葉に、ヴィルが左右の眉の高さを変えた。
「ん? 仇? 何の話をしているんだ?」
「うん? だってご両親は瓦礫の下敷きになって――」
「ああ」
ヴィルが苦笑を浮かべた。
「すまんすまん。両親ならば普通に生きているぞ」
はあ?
「我が家は筋肉信奉。筋肉が瓦礫ごときで押し潰されるわけがないだろう」
それはどうかな~……。
「いまも父は魔境へ魔獣狩りに、母は大海で海獣狩りにいそしんでいる。家は失われたが、大した問題ではない。半端なやつらは筋肉こそが鎧だと勘違いして宣うが、我が家の家訓では筋肉こそが家であり、広大なる国なのだ」
「へえ~……」
すごい。いまの話、一文たりとも理解できるところがなかった。頭の中でもう一度かみ砕いても、やっぱり理解できない。おもしろーい。
ヴィルは続ける。
「とはいえ、財産を破壊されたのは事実。父も母も瓦礫をはね除けて立ち上がり、件の魔女に報復をしようとしたのだが、まるで歯が立たなかった。山を割るかのごとき父の拳骨も、海を割るかのごとき母の蹴撃も、ついぞやつの結界を貫けなかったのだ」
結界。わたしはそんなの使えないけど、ルナステラには使えたのかな。
それとも単に身体強化のことを言っているのかしら。もしそうだとしたら、よほどの質量と勢いがぶつからなければ盤石だとわかる。自分がそうなのだから。
でもヴィルはでっかい岩石を片腕で割っちゃうからなあ。あれと同じ威力だとわかんないや。
「あまつさえ茶化すかのようにあえて結界を解いて挑発し、激高した両親の攻撃を軽々と躱し、時には片手で受け止め、我らを嘲笑った」
さすがに冗談でしょ。冗談よね。岩石を粉砕する人たちを相手に。
いくら魔法の力があっても、ヴィルの筋肉を止められるとは到底思えない。何か絡繰りがあるのではと勘ぐってしまう。ただそれを言ってしまえば、ルナステラの魔法よりもヴァストゥール家の筋肉の方が相当うさんくさい代物だけど。
日本の常識がまるで通用しないな、この世界。
「そうして俺たちは大地に叩きつけられ、ヴァストゥール家は砂の味を知った」
なんか話の内容がことごとくわたしの想像を超えていくなあ。
熱いなあ。無駄に熱い。
「でも生きてるんだよね?」
「ああ。その日から俺はやつへの報復を誓った。我らが信奉する筋肉が魔法などに劣るものではないと、ただ証明するために」
筋肉は宗教なの?
「戦意を喪失した両親にはとめられたのだが、俺にはすでに火がついていた。その日から筆舌に尽くしがたいほどの、長く険しい筋トレの日々が始まった」
「被害が大したことなかったならもう魔女なんて放っとけばいいのに……」
「ふ、無理だ。試してみたくて、いても立ってもいられなくなった。比類なきと信じ疑わなかった父や母を凌駕した魔女に、俺自身が挑んでみたくなった。俺の信じる筋肉が魔法などに劣るものではないと証明したくなった」
ヴィルがそっと胸に手を当てる。
「彼女を思えば、この大胸筋が疼くのだ」
筋肉痛では? もしくは恋? 肋間神経痛の可能性もある?
でも顔が楽しそう。目がギラギラしている。
「ひとつも共感できないけどー……」
そんな言葉は彼の耳には届かず、熱弁は続いた。
なんか筋トレで山ひとつを平地になるまで崩したり、大河の流れを爆散させたとか言ってるけど、さすがに嘘よね。筋肉をなんだと思ってるのかしら。
「そうして修行を終えた俺は、ルナステラを追っていたというわけだ」
「彼女と接触できたのは最初の日だけ?」
「いや、魔女狩りが盛んな地にほど、やつは現れる。ゆえに先回りをして何度か挑んだのだが、正直まるで歯が立たん。俺を魔法使いと勘違いしている七賢も邪魔をしてくるし、なかなかうまくはいかんものだ」
でしょうね、と言い切れないのがヴィルの怖いところだ。
さっきは相手が魔術師の最高峰とされる七賢の一角だったのに、一対一だったら勝ってしまいそうな勢いだったもん。
「毎回辛酸をなめさせられて終わる。だが筋肉の可能性は無限。いずれは追いつくだろう」
「……よく殺されなかったね~。彼女、かなりの危険人物なんでしょ?」
ヴィルがふっと薄く笑った。
「俺はくだらん魔女狩りなどに加担せんからな。あいつは何も無作為に虐殺して回っているわけではないのだろうよ」
一定程度の信頼はあるのかしら。
わたしには理解できない、よくわからない関係だ。
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