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ドン引きする筋肉




 神話のような光景だと思った。

 車列を引く馬が恐怖にいななき、御者の制御から逃れんとして暴れ、次々とその場に倒れ込む。

 空にも届かんとする巨大な大蛇が、芥子粒のような大きさの男とぶつかり合った。轟音とすら形容できないほどの音が鳴り響き、男は大蛇の牙を両手で受け止めた。


「ぬがああああああああッ!!」


 だがとまらない。踵は滑り、大蛇の勢いは露程も減らず。男は自ら膝下までを大地に突き刺して、強引に踏ん張る。街道が、さらに下の大地がめくれ上がっていく。

 爆ぜた。男の全身の血管が爆発し、肌を赤紫に、さらに血の色で赤に染めた。ようやく、大蛇の勢いが徐々に押さえ込まれていく。


「ぐぅぎぃっ、ぬぅぅぅんがああああッ!!」


 やがて大蛇の突進は、かろうじて倒れた馬の直前でとまった。とまったのだ。男――ヴィルが鬼のような形相で、赤く染まった湯気を口から吐いた。

 そうして彼は両手を組んで頭上に持ち上げ、ハンマーのように大蛇の頭部を撲った。ただの一撃。それだけで爆散する。己の肉体の、十倍以上はあろうかという大蛇の頭部が。


 その頃、わたしは走っていた。言われたとおりに逃げたわけじゃない。

 腹が立った。いらだっていた。あのレニアとかいう七賢の少女に。わたしひとりを捕らえるための騒動に、いったいどれだけ他人を巻き込むというのか。

 だから走った。大蛇の背に飛び乗って駆けていた。レニアのいる方へ。

 大蛇の動きがヴィルによってとめられたとき、わたしはもう大蛇の背からレニアを見下ろしていた。そんなこととはつゆ知らず、レニアは独り言をつぶやく。


「嘘でしょ……。これも防ぐんだ、あの男」


 きっと動かなくなった大蛇をどうにか制御しようとしているのだろう。まだわたしには気づいていない。

 静かに大蛇の背を蹴って飛び降りながら、わたしは右手を目一杯、背中まで引き絞っていた。

 そうしてレニアの眼前にふわりと舞い降りて――。


「は? なん――」

「いい加減に~……しなさぁぁぁ~~~~いッ!!」


 驚き目を見張った彼女の頬へと、怒りに任せて思いっきり平手を繰り出していた。

 よく聞くような、乾いたビンタの音ではなかった。まるで何か巨大なものが破裂するかのような炸裂音が鳴り響いた。

 彼女の左頬に直撃したビンタはその首をねじり、それでも勢い止まらず浮き上がってしまった少女の肉体を、ドルルルルとドリルのようにさらに空中で回転させる。

 空中で吹っ飛びながら数十回転したレニアの肉体が勢いよく街道に落ち、ごろごろと転がった。そうして彼女は動かなくなってしまった。


「あ、あれ? 吹っ飛……え? わた、そ、そんな強く叩いたっけ……?」


 しまった。このカラダは魔女のだった。力の入れ具合を誤ってしまった。

 い、生きてるよね? 殺してないよね?

 顔をのぞき込むと、白目を剥いて泡を噴きながら痙攣していた。頭部の穴という穴から血混じりのレニア汁が出てしまっている。半死半生だけど生きてはいるようだ。

 少し迷ってから安堵の息を吐く。


「む」


 そこにヴィルがやってきた。

 気絶? しているレニアを一瞥してから、わたしに視線を向ける。


「やったのか?」

「うううう、はい、わたしがやりましたぁ……」


 だって油断してたからぁ。

 最初からヴィル以外は眼中になかったもんね、この子。


「お見事。さて、ずらかるぞ。七賢は一匹見つけたら六匹は近くにいると思わねばならん」


 いやその扱いよ。


「へえ、仲いいんだねえ。――じゃなくて! いいの? このままで……」

「む?」

「レニアだっけ。この人、ここに放っていっていいの?」


 血まみれのヴィルが腕を組み、首を傾げた。

 そうして思いついたかのように「ああ!」と口を開く。


「きっちりとどめを刺しておきたいという話か。ま、俺はやらんが好きにするといい」


 鬼畜の所業!

 ドン引きした目でわたしを見ないでほしい。誤解だから。


「そそそそんなわけないでしょ!? 救護義務違反とかないのって話だよ!?」

「知らん。とにかく早く立ち去るべきだ。こんなもの、六人も七人も相手してられんぞ」


 わたしはだらしない顔で気絶したままのレニアを見下ろす。

 呼吸は安定しているようだ。


「う~。ちょっと気にはなるけど、ごもっとも」

「では行くぞ」

「うん。――わ、ちょ!」


 ヴィルは再びわたしを抱えて走り出していた。

 自分で走れるのに。そりゃあヴィルほど速くはないかもしんないけどさ。


 立ち往生する馬車の車列の隙間をすり抜けて疾走する。大体の馬車は無事だったが、いくつかは脱輪や転倒をしてしまっていた。馬を逃がしてしまった馬車もあった。


「……」

「……」


 みんなわたしたちに怯えた視線を向けていた。助けてあげても声を掛けてくる人はいない。

 これが魔女の日常なのだろうと、いまになって実感する。

 そんな彼らを横目に突っ切って、ヴィルは現場から十分に遠ざかってから、街道を外れて草原へと入っていった。


楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。

今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。


次話は夕方頃に投稿予定です。

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