病弱少女転生
中編です。
カーテンを揺らす窓から鶯の声が聞こえ始める頃、わたしは病室のベッドから旅立った。まだ肌寒い春先の出来事だった。享年十五歳。あと数日でひとつ年を取ることになる日の出来事だ。
窓と反対側の壁には入学以来一度も袖を通すことのなかった制服が、両親の手により掛けられていた。勇気づけるためなのだろうけれど、わたしにはそれがかえって心苦しく感じられていたことも知らずに。
小学生の頃まではまだかろうじて動いてくれていた身体は、中学に上がる頃にはベッドから起き上がることさえ困難になっていた。それでも車椅子で学校に通っていたけれど、やがてそれもできなくなり、わたしは寝たきりとなった。
それからはずっと入院と転院の繰り返し。
病名は知らない。わたしには誰も教えてはくれなかったから。
わたしにとってのセカイは枕元で小さく鳴るラジオと、窓から見える横倒しの空だけだった。
だからひたすら目を閉じて夢を見ていた。小さな子供だった頃、まだ自分の足で公園の柔らかな芝生を踏んで走っている夢だ。転んだって痛くない。
夏の太陽は暑く、噴水の水はキラキラ光って生ぬるい。わたしは転んだ拍子にバッタを手でつかみ、嬉しくなってお母さんに見せに行った。お母さんは悲鳴を上げて逃げた。
楽しかった。ただそれだけのことで笑っていられた。
発症してからのわたしは、はち切れそうなほどの負の感情に支配された。怒りや嘆きだ。
同級生のように動けないこのカラダにも、子供だと侮られ病名を報されなかった事実にも、口を開けば同じ気休めしか言わない医者にも、こんな運命をぶつけてきた神サマにも、わたしに失望をぶつけることなく悲しんでくれる優しい家族にも。
何より、弱い自分が一番嫌いだった。
だから、長く苦しかった闘病の日々の終わりが近づくにつれて、少なからずわたしの中には安堵の感情が生まれつつあった。
やっと終われる。
もしも次に生まれ変わることができたなら、ただ自分の足で歩いて、自分の手で触れて、自分の口で食べて、誰にも迷惑をかけることなく、そうして大切な家族と笑っていられたら。
もう、それだけで、いいんだ。
――それだけで、よかったのに。
心臓が一度だけ、大きく跳ねた。
止まりかけていた血流が血管を爆発的に押し広げ、わたしは頭痛に顔をしかめる。
呼吸を吸い上げると同時に、意識が覚醒した。
「~~っ」
それはあまりに唐突だった。本来なら呼吸さえもう自力ではできなくなっていたはずなのに。
まぶたを持ち上げて、強い光にすぐに目を閉じる。瞼の裏からでもわかるほどの強い光に、じんと眼球が痛む。
何かが聞こえる。自分の呼吸と血流。ざあざあと。
それに、風――?
「う……」
再びうっすらと目を開き、今度はゆっくりと見開いた。
空。氾濫する光に白くぼやけた眩しい視界。病室の天井じゃない。頭上には青く澄んだ空があった。薄ぼんやりとした白色の雲が、ゆっくりと流れている。鳥の群れが力強い鳴き声をあげながら羽ばたき、流れる雲を追い越していった。
何年もベッドから窓越しに見続けてきた、ガラス越しに横倒しとなった空ではない。寝たきりだったはずのわたしの頭上には、確かに青く澄んだ空が広がっていた。
わたしは鮮烈な光景に目を見開く。
「……生き……てる……?」
頬に微かな風を感じた。薬品臭のしない、清涼な空気が流れている。
外だ。病室どころか、病院の外。
胸いっぱいに空気を吸い込む。太陽に焼けた土や草木の香りが、まだ動けていた頃だった幼少期を思い出させた。
次話は夕方あたりです。