表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 冷凍食品
第1章「白銀のエルフと辺境の坊ちゃん」
8/43

8話「その力、規格外」

 屋敷の裏手に広がる、草地の広場。

 

 訓練用に並べられた木製の人形や丸太の間に、俺とエルミアは並んで立っていた。朝の空気はまだ涼しく、風が頬を心地よくなでていく。


「……ここが訓練場、でございますか?」


「まぁ、名前ほど大げさなものでもないよ。父さんが昔、剣の稽古してた場所らしい」


 エルミアは周囲を見渡し、小さく頷いた。カルラの厳しい稽古のおかげか敬語もだいぶ様になってきた。

 

 その表情は少し硬いが、どこか落ち着いている。


「それで、今日は……“魔法訓練”をなさるのですか? ノエルさま」


「ああ。エルミアに、教えてもらいたくてさ」


 俺がそう答えると、エルミアはわずかに目を丸くした。


「ノエルさま、魔法は……苦手と仰っていましたよね?」


「うん。理屈は理解してるつもりなんだけど、いざやってみるとさっぱりで……」


 苦笑いしながら肩をすくめる。


「昔、“火花”を出すだけの初歩魔法で、屋敷のカーテンを燃やしかけたことがあってね。それ以来、父さんから“魔法禁止令”が出た」


「……その、“火花”で……?」


「うん。火花が暴走して、窓ガラスまで全部割れた。自分でもビビったよ。それからは地下でこっそり練習してたけど、成果はゼロ」


 エルミアは「想像以上でございますね……」とぽつり。けれど呆れるような声ではなかった。


 俺は深く息を整え、両手を前にかざす。右手の手首には、初心者向けの制御補助用の魔道具を巻いている。


「じゃあ……ちょっとやってみる。火の初歩、火種(ファイア)


 魔力を練り、圧縮し、術式を展開――その瞬間。


 ──ボンッ!


 鈍い破裂音と同時に、俺の手のひらから煙と風圧が噴き出した。


「うわっ! げほっ、ごほっ!」


 視界が煤と煙で曇り、思わず後ろによろめく。エルミアが慌てて風魔法で煙を払ってくれた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「うん……いや、全然ダメだ……」


 俺はその場にしゃがみ込み、手のひらを眺めた。


「やっぱり、向いてないのかな。魔力が暴れる感じで、全然言うことを聞いてくれない」


 気づけば、自分でも驚くほど気落ちしていた。前世でもそうだった。“できない自分”を突きつけられると、すぐ心が萎える。


 そんな俺の隣に、静かにしゃがみ込む気配があった。


「ですが……魔力の“反応”自体は、とても強い、です。暴発するほどに……力がある証拠でございます」


 その声は、慰めではなかった。純粋な事実としての観察だ。


「私、最初はノエルさまに魔力が少ないのだと思っておりました。でも、違います。むしろ……ありすぎて、制御しきれていないのではと」


「……ありすぎる、か」


 言われてみれば思い当たる節もある。

 

 俺は立ち上がり、手のひらを見つめた。さっきまでの術式の名残か、指先にはまだ魔力の“余熱”がじんわり残っている。


「……でも、身体強化だけは、うまくいくんだよな」


「身体強化、でございますか?」


「うん。走るとか、力を出すとか……体の内側に魔力を流す系のやつは、わりと感覚がつかみやすい」


 エルミアはしばし思案したあと、俺を真っ直ぐ見た。


「でしたら……それを、見せていただけませんか?」


 その瞳には、どこか“探究者”のような好奇心が灯っていた。真剣で、どこまでもまっすぐな視線だった。


 俺は静かに頷いた。


「──じゃあ、次は“身体強化”。見せてみるよ」

 

 * * *


「……じゃあ、いくぞ」


 肩を軽く回し、訓練場の中心に立つ。


 草を踏みしめ、地面に足をつけて、息を吸い込む。


 魔力を足に集中。熱が血流に乗って身体を巡る感覚。“跳べ”という衝動が、体の奥から湧いてきた。


「──せーのっ」


 地を蹴った瞬間、風が背後で千切れた。


 一気に視界が流れ、地面が滑るように遠ざかる。わずか一秒も経たずに、二十メートルほど先の杭の前に到達していた。


「っととっ……!」


 勢い余ってバランスを崩し、膝をつく。地面がめくれ、土が小さく爆ぜた。


 ……だが、息は上がっていない。全身が軽い。まるで飛ぶために設計された身体のようだ。


「えっと……どう?」


 振り返ると、エルミアは目を見開いたまま呆然としていた。


「な、なに今の……? 速っ……!」


「……いや、普通……じゃない?」


 俺にはその感覚が“基準”だった。だけど、エルミアは眉をひそめて丸太のほうを指差す。


「次は……あれを、持ち上げてみてください。確認したいことが……あります」


「いいけど……重そうだな。試してみるか」


 俺は丸太のそばに歩み寄る。人の胴より太く、長さも五メートルはある。


 膝を曲げ、腕を下に差し込む。魔力を腕と背に流し込むと、体の内側がじんと熱くなる。


「──よいしょ」


 ミシッ、という音とともに、丸太が浮かび上がる。


 肩の高さまで持ち上げても、重さは“そこそこ”。俺は片膝をついてバランスをとった。


「……こんなもん?」


 振り返ると、エルミアの目が点になっていた。口元が開き、何かを言いかけて止まっている。


「ノエルさま、それ……軽く持っておられます……?」


「うーん、まぁまぁ? ちょっとバランス悪いけど」


「ふ、普通じゃ……ない……」


 エルミアは衝撃を受けたような表情でそう呟いた。


「ノエルさま、通常の身体強化魔法は、肉体をほんの少しだけ補強するもの、です。……見ていてください」


 そう言って、エルミアはすっと背筋を伸ばした。


 彼女の両手が胸元で軽く組まれ、静かに呟く。


身体強化(フィジカ・ライト)


 風がふわりと撫でるような魔力の気配とともに、彼女の体が一瞬だけ淡く発光する。その光はすぐに消えたが、雰囲気がわずかに引き締まったように見えた。


「これで、筋力と動作が――少しだけ軽くなります」


 エルミアはすぐ近くにあった薪の束を手に取った。それは、普通なら両手でやっと持ち上げられる太さだったが、彼女は片手で軽々と掲げてみせる。


「例えば、こういうことができます」


 そう言うと、薪を抱えたまま、足場の悪い斜面をさくさくと駆け上がった。普段なら滑ってしまいそうな土の斜面だが、魔法によって身体のバランスが保たれているのが見て取れる。


 斜面の上でくるりと振り返り、軽く微笑んだ。


「持久力も、わずかですが保たれます。長距離の移動や、軽作業を続けるときに便利なんです」


 俺はその様子を見て、ひとつ頷いた。


「なるほど……」


「はい。戦闘で使うよりも、日常生活の中で役立つ“補助術”として、広く使われているものです」


 そう言いながら、エルミアは軽やかに跳ねるような足取りで斜面を降りてきた。


 そして、ふと俺がさっきまで持ち上げていた太い丸太に目を向ける。


「ですが……ノエルさまの身体強化魔法は、詠唱もなく、効果もまるで別物に見えました」


 そう言いながら、彼女はその丸太に手をかけるが、ぴくりとも動かせない。


「もはや、“身体強化”というより……ノエルさま固有の魔法に近いのかもしれませんね。……少々魔力量を見せてください」


 そう言うとエルミアはそっと手をかざし、空に複雑な軌跡を描いた。


 彼女の瞳の奥に、淡い光の紋章が浮かぶ。おそらく “魔力量測定”の術式だ。


「…………っ」


 エルミアの表情が崩れる。


「え、なんか変だった?」


「……いえ、大丈夫、でございます」


 声がかすかに震えていた。だが次の瞬間、彼女はその顔を引き締め、すっと距離をとる。


「──ノエルさま。模擬戦、お願いできますか?」


「え、模擬戦?」


 返事をする前に、彼女はすでに構えを取っていた。


(──本気だ)


 その表情には、明確な意図が宿っていた。俺という“未知”を、正面から確かめようとする意志。


 俺もまた、体の奥がわずかに熱を帯びていくのを感じていた。


(ああ、やっぱり……こういうの、嫌いじゃないかもな)


 * * *


 エルミアは軽く肩を回し、ゆっくりと一歩前へ出る。


「……では、模擬戦、始めましょう。最初は手加減いたしますが、気は抜かないでくださいね?」


「ああ。よろしく頼む」


 俺は木剣を構え、呼吸を整えながら返す。エルミアは俺の正面に立ち、指輪にそっと触れた。


 それは、“導魔の指輪”。魔力を効率よく媒介・増幅する高純度の魔導具で、魔法精度を大きく高めるものだ。

 

 家の倉庫に転がっていて、誰も使用していなかったため、彼女に与えたものだった。


「“風刃(ウィンド・カッター)”」


 鋭く発音される詠唱。直後、空気が唸りを上げ、鋭利な風の刃が一直線に俺の胸元へと突き進んだ。


(速い……!)


 避けきれないと判断して構えを崩さずそのまま受けた――が。


 刃は俺の身体に触れた瞬間、ふわりと音もなく拡散し、ただの風へと還った。


「……なるほど」


 風が収まった後、エルミアが小さく肩を落として呟いた。


「今のは、四割程度の出力。でも……まったく通らないということは……」


 呆れではなく、むしろ何かを確かめるような声音だった。


 次の瞬間、エルミアの目が鋭くなる。指輪に再び魔力を流し込むと、周囲の空気がきりきりと鳴るような緊張感に包まれる。


「次は、本気でいきます。“真風刃・散弾シュトゥルム・カッター”!」


 同時に五発の風刃が舞い上がり、複雑な軌道を描きながら俺を包囲する。

 

 一発一発が細かく制御されていて、どれを避けても他が命中するように仕組まれている。


(……うわ、避けるの無理だろ!)


 とっさに体をひねるが――結局、すべて被弾した。


 だが、やはり――結果は変わらない。


 風刃が触れた瞬間、俺の周囲に薄く漂っていた魔力が震え、まるで膜のように風を弾いて散らした。


「……これでも、ダメ?」


 エルミアの声が、ひどく静かに響く。だがその声音には、驚愕と困惑、そして……焦りが混じっていた。


 彼女がゆっくりと近づいてきて、俺の胸元にそっと手をかざす。


「……やはり。これは、魔力の“鎧”です」


「魔力の、鎧?」


 聞き返すと、彼女はゆっくりと頷いた。


「ノエルさまの“身体強化”に使われた魔力が、体の表面から漏れ出している……というより、滲み出ているのです。それが、まるで防御結界のように魔法を弾いています」


「そんなことって……あり得るのか?」


「……普通は、ありえません。けれど、ノエルさまの魔力量と“密度”は規格外です。制御しきれず溢れ出した魔力が、結果的に自動防御の役割を果たしている。そうとしか、説明できません」


 彼女の瞳は真剣そのものだった。理屈を理解しつつ、まだ信じきれない――そんな迷いも滲んでいた。


「今までに、これほどの“自然放出”を見たことがありません。……本当に、人間なのですか?」


「いやいや、俺も困ってる側なんだけどな……」


 苦笑まじりに答えると、エルミアはふっと表情を戻し、今度は木剣を持ち直した。


「……では、近接で。私、剣も多少は扱えます。村で我流でしたが、ずっと一人で練習してきたので」


「そっか。じゃあ、こっちも手加減するよ」


「手加減は、不要です。私は本気で参ります」


 その言葉に、俺は頷いて構えを取り直す。足元に魔力を満たし、一気に踏み込んだ。


 ――風が裂ける。


 爆発的な加速で俺の木剣が彼女の懐へと迫る。

 

 だが、エルミアも迷わなかった。冷静に受け太刀を放つ。


 ……が。


 バキィン!!


 空気を裂くような破裂音。

 エルミアの木剣は、俺の剣を受けた瞬間に、真っ二つに折れていた。


「──っ!」


 手元を失ったエルミアが、たたらを踏んで大きく後退る。俺は慌てて剣を引き、距離を取った。


「ご、ごめん! 手加減したつもりだったんだけど……!」


 俺が駆け寄ろうとすると、彼女は無言で立ち止まり、折れた剣をじっと見つめていた。


 数秒――。


「……これほどまでとは……!」


 かすれた声。けれどそこには、感情に押しつぶされたような弱さはなかった。


「……私の、負けです」


 静かに、けれど確かにそう言って、肩を落とすエルミア。


 俺はゆっくりと木剣を下ろした。


「ありがとう。俺、色々と……自分のことがわかったよ」


「はい、です……」


 彼女はまだ納得しきれない表情だったが、そこに浮かぶのは悔しさではなく、何か別の決意のようだった。


「これからも教えて欲しい。エルミアの得意な魔法とか、身体強化を使わない剣術とか」


「……はい。ですが……負けたのは、正直、悔しいです。私は、もっと強くなりたい、です」


 その言葉には、にじむような誇りと意志があった。


 俺はその目をまっすぐ見返し、静かに言った。


「じゃあ、お互い教えあって、一緒に強くなろう」


「……わかりました。頑張りましょう、ノエルさま」


 そう言って、ふっと微笑んだエルミアの頬に――

 

 いつのまにか傾きはじめた夕陽の光が、柔らかく差し込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ