表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 冷凍食品
第1章「白銀のエルフと辺境の坊ちゃん」
6/30

6話「地下から、日の当たる場所へ」

 翌日の昼過ぎ、俺は屋敷の奥にある応接間の扉の前に立っていた。ノックの音が、静かな廊下に控えめに響く。


「……入れ」


 低く、くぐもった声が返ってきた。


 扉を開けると、部屋の奥の椅子に父が座っていた。白髪交じりの髪、優しげな眼差し。年齢の割には老け込んだ印象だが、それは疲労の蓄積というより、諦念に近い影のようだった。


 俺は扉を閉め、正面の椅子に腰を下ろす。


「珍しいな、自分から来るとは」


 そう言いながら父は手元の文書から目を離して、俺の方を向いた。


「話があるんだ。少しだけ時間をもらえる?」


 その目は、いつもと同じだった。何も言わずに全てを見透かすような、沈黙。


 俺は、逃げずにそれを受け止めた。


「エルフの少女のことは……もう知ってると思う。村じゃもう噂になってるから」


「当然だ」


 短い返事。それ以上は促してこない。


「彼女の名前はエルミア。あの森で倒れていたのを俺が見つけて、助けた。今は助手として、開拓を手伝ってもらってる」


 父は黙って聞いている。


「魔法も使える。土地の知識もある。村の者にも説明した。彼女の力があれば、俺たちの領地は少しずつでも、確実に変えられるはずだ」


 言いながら、自分の声に熱が帯びているのを感じた。


「大事なのは種族や身分じゃない。何ができるかだ。エルミアは、この土地に必要な人材だと思ってる」


 静かに、けれど確かな決意を込めて言葉を重ねた。


「俺は、このレイフィールド領を“生きた土地”にしたい。だから……彼女を、正式に俺の“協力者”として認めてほしい」


 父の眉が、わずかに動いた。


「生きた土地、か」


 その声には皮肉も含まれていたが、否定だけではなかった。


「前、俺が“村を豊かにしたい”って言ったとき、父さんはなんて言ったか覚えてる?『好きにしろ』って」


「……言ったな」


「あのときの“好きにしろ”を、もう一度もらいたい。今回も、本気でやるから」


 父はしばし沈黙したまま、目を伏せ、窓の外を見つめた。


「……この土地は、何度も見捨てられてきた。私も、お前の祖父も、何をしても報われなかった。だからもう、期待なんてしなくなった」


 それは投げやりな言葉ではなく、ただ事実として口にしたような声だった。


「だが、お前がやりたいなら、好きにすればいい。ただし責任は、お前が取るんだ」


 その瞬間、俺は深く頭を下げた。


「ありがとう、父さん」


「まったく……お願いごとをするときの顔は、シエラそっくりだな」


 亡き母の名前を出されたことで、胸の奥がわずかに温かくなる。父の目が、優しさを宿していた気がした。


 * * *


 その足で俺は、地下倉庫へと戻った。


 ランタンの光が揺れる中、エルミアは黙々と地図と羊皮紙に目を通していた。俺が入ってくる気配に気づき、彼女が顔を上げる。


「……どうしたの?」


「父さんに会ってきた。ちゃんと報告したよ。お前のことも」


 エルミアの瞳が、わずかに緊張で揺れた。


「で……?」


「許可、もらえた」


 俺は自然と笑みを浮かべる。


「『お前の責任でやれ。好きにしろ』だってさ。いつも通りの言い方だけど、あれがうちの父さんなりの“了承”だよ」


「……本当に、いいの?」


「ああ。少なくとも邪魔はしないってさ」


 自分でも驚くほど心が軽くなっていた。前世でずっとできなかった“最初の一歩”をようやく踏み出せた、そんな感覚だった。


「それで……私に何を?」


「改めて、お願いしたい」


 まっすぐにエルミアの目を見る。


「お前の力が必要なんだ。魔法の知識も、土地の感覚も、全部。俺一人じゃ、この土地を変えるなんて夢でしかない。でも一緒なら……本当にできる気がする」


 エルミアは、しばらく黙って俺を見つめていたが、やがてふっと目を細めて微笑んだ。


「……一応、もうそのつもりだったけど?」


 その声には、からかうような温かさがあった。


「そっか。じゃあ、改めて任命だ。“助手”のエルミア嬢」


「はいはい。がんばるわ、族長様」


 肩をすくめた彼女の横顔は、どこか誇らしげで──ちょっとだけ、照れているようにも見えた。


 * * *


 翌朝、俺はエルミアを屋敷の地上階へと連れていった。目的はただ一つ──家政婦たちへの“紹介”である。


「……本当に、大丈夫?」

 

 階段を上がる途中、エルミアが不安げに問う。


「ああ。いずれ誰かと顔を合わせるのは避けられないし、変な噂が先に立つ前に、ちゃんと俺の口で説明しときたい。こういうのは事前に話を通すのが大事なんだ」


 俺は振り返りもせずに言う。しばらくの沈黙。やがて、ぽつりと声が落ちた。


「……前から思ってたけど、あなた、本当に子どもなの?」


 足が一瞬、止まりかけた。けど、笑ってごまかす。


「年齢的にはね。でも、中身はちょっと古いのかも」


「それ、冗談?」


 エルミアの目は笑っていなかった。だけど、完全な敵意でもない。観察するように、測るように、俺を見ている。


「まあ……“坊ちゃま”って便利な立場なんだよ。今はそれを、目いっぱい利用してるだけ」


「……ずる賢いのね」


「そう言われると気が楽だな。さ、行こうぜ。大丈夫なことは、俺が保証するから」


 苦笑しながら階段を登り、広間の扉を開けると──すでにメイド長のカルラが、腕を組んで待っていた。レイフィールド家に何十年と仕える、影の実力者である。


「……また坊ちゃまが妙なことを始められましたか」


 俺が口を開くより先に、深いため息が漏れた。


「妙とは心外だな。理に適った最善策だよ、これは」


 そう言って、俺はエルミアを前に出した。


「紹介する。彼女はエルミア。俺の“助手”だ。開拓の実務にも関わってもらう。屋敷内の取り扱いも、必要な範囲で頼みたい」


 カルラの視線が、じろりとエルミアをなぞった。尖った耳を見て、一瞬だけ眉が動く。


 だが、それだけだった。


「……坊ちゃまのご判断には口を挟みません。ただし、この屋敷は貴族の館です。“外部の者”にふさわしい礼儀作法は必要でしょう」


「それも承知の上。指導をお願いできるかな」


「……ならば、適任をつけましょう」


 手を打つと、控えていた若いメイドが一歩前に出る。


「彼女はクロエ。日常作法や身だしなみなど、基本は任せてあります」


「よろしく頼む。……エルミアも、大丈夫か?」


 エルミアは一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐに頷いた。


「……わかった。従う」


 カルラはその様子を見て、わずかに口元を緩めた。


「では、当面は“見習い”ということで。恥はかかせません。まずは坊ちゃまに対する言葉使いから直す必要がありそうですね」


「……厳しいけど、ありがたいよ」


「当然です。レイフィールド家の名に泥は塗らせませんから」


 最後にカルラが静かに言い添える。


「坊ちゃま。私は、あなたに期待しているのですよ。ご自覚くださいませ」


 ……ああ、プレッシャーがすごい。


 けれどその言葉は、何よりも背中を押してくれた気がした。


 こうして、エルミアは“レイフィールド家の住人”として、ようやく地上にその一歩を刻んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ