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追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第3章「灯巫と白き一角」

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52話「翼人族の里にて②」

 集会所の一室。樹脂灯のやわらかな明かりの下、俺たちは卓を囲んでいる。アウリアは姿勢を正し、静かに切り出した。


「先ほど、若者が里の外に出て行って戻らない――というお話はいたしましたね」


 俺はうなずく。三十年で世帯数は半減に近い――という話だ。


「ここ数年のことですが、その出ていった一部が、過激な考えに傾き、里へ幾度か“攻撃”をしかけてきました」


 アウリアは少し目を伏せ、現状を憂うような表情を見せる。


「攻撃?」とフレデリカ。


「ええ。具体的な被害は最小限に抑えられています。ただ、いつまで持つかは分かりません。事例を挙げます」


 アウリアは指を一本、立てた。


「まず一つ目。夜間の見回りが交代した直後、吊り橋の〈主綱〉が半分だけ切られていました。切り口は平ら――刃物の仕事です。見張りが“張りの違和感”に気づき、落橋は免れましたが、もう少し遅ければ危うかった」


 続けて、二本目の指。


「二つ目。恐れ多いことに、翼座の周囲に油が撒かれていました。樹脂灯の匂いに似せて、見回りの鼻をごまかすつもりだったのでしょう。幸い、火は入っていませんでした」


 そして、三本目。


「三つ目。見張りの合図を偽られました。“異常あり”を示す定めの型を外から真似られ、非常招集がかかったのです。直接の被害は出ませんでしたが、狙いは我らを疲弊させ、警戒線を細らせることのようです」


 フレデリカが小さく眉を寄せ、エルミアが口を開く。


「内情を知る相手は厄介ですね」


「そうです。合図も道も、彼らは自分の足で学んで巣立ったのですから」


 アウリアの声は静かだ。悔しさはにじむが、言い訳はない。


「彼らは“古いものを壊し、外と同じ暮らしへ”と言います。里の掟を捨て、外部との交易で暮らせ、と。最初は言葉だけでしたが、今はこうして直接行動に出ている」


「反撃は?」と俺。


 アウリアは首を横に振る。


「していません。守りに徹してきました。……けれど、出ていく者が増えるほど見張りの線は薄くなる。薄くなれば、また狙われる。悪循環です」


「相手の人数は?」


「確たる数は分かりません。里から出た若者――十や二十では済みませんが、全員が加担しているわけではない。呼びかけに耳を貸す者、賛同まではしない者、関わらない者……混在しています」


 フレデリカが小声でつぶやく。


「合図の型、巡回の手順、弱る時間帯……“知られている”のは痛いわね」


 エルミアが顎に手を当てる。


「合図を一つ変えるだけでも効果はあります。たとえば当番ごとに複数系統を切り替える、とか……」


「対症療法で、抜本的な解決にはなりませんね」


 セシリアが即座に応じる。実務の声だ。


 アウリアは二人へ礼を述べ、言葉を継いだ。


「この数年、私たちは“持ちこたえること”に精一杯でした。聖獣様のおられる翼座の守りを失うわけにはいかない。だから攻めず、揺さぶられても守り続ける。それでも、細る線は止まりませんでした」


 短い沈黙。樹脂灯の火がかすかに揺れ、卓上の影が伸び縮みする。


「このタイミングでの聖獣様のお目覚めは、必然だったのかもしれません」


 誰も軽口は挟まない。ミコトが俺の足元で小さく鼻を鳴らし、金の瞳でアウリアを見上げた。


 俺はひと息おいて口を開く。


「今なら“外の暮らし”を選んだ若者たちの主張も、聞く価値はあるんじゃないか。翼座を守るのが役目なら、聖獣のミコトが目覚めた今、掟を“どう新しくするか”を考え直すことも視野に入れるべきだ」


 アウリアは一度だけ目を伏せ、すぐに顔を上げる。


「……そうですね。仰る通りです。長く掟を守ってきた――と言えば聞こえは良いですが、変化を嫌っただけ、という見方もできる。私たちも、変革の時を迎えているのかもしれません」


 その言葉に、アウリアの苦悩が詰まっている――そんな気がした。


 * * *


 静けさが落ち着くのを待って、アウリアが姿勢を正し、話題を切り替えるように口を開いた。


「そういえば先ほど申し上げ損ねましたが、我らの掟で、皆さまにあらかじめ知っておいていただきたいことが一つあります」


 卓上の樹脂灯がわずかに揺れ、全員の視線が集まる。


羽銘(うめい)についてです。羽銘は『内名』、つまり内に持つ名。呼ぶには、本人の許しが要ります。私の“アウリア”という名は外で用いる名、いわば外名です。そして“灯巫(とうこ)”は、翼座を守る者に与えられる称号にあたります。……このほかに、私にも内名が一つあります」


 言葉を区切り、反応を確かめる。みな、うなずいた。


「内名を勝手に口にしてはならない――それが掟、という理解でいいか?」と俺。


「はい。結びは、本人と『主』――仕える、あるいは歩みを共にすると定めた相手とのあいだで結ぶものです。内名はその結びを交わした相手にのみ、本人の口から教えられます。家族の内輪での通り名に近い、と捉えていただければ」


 アウリアは念を押すように続ける。


「羽銘が与えられるのは、自分で判断ができる年頃――成人を迎えた時です」


「羽銘、か。面白い文化だな」


「ありがとうございます。外での名乗りは外名で充分です。羽銘は、信頼に足ると本人が認めた相手にのみ。周囲が先回りして口にするのは無作法とされますので、ご注意ください」


 エルミアが確認するように口を開く。


「私たちは、“アウリア”様とお呼びするのがよろしいのですね」


「はい。それで問題ありません。羽銘は、しかるべき時が来たなら――その時に」


 言い方はやわらかいが、線引きははっきりしている。セシリアが続けた。


「ちなみに、合わせて教えていただきたいのですが、風紋(ふうもん)とは何でしょうか」


「風紋は素性を示す目印です。個人ごとに異なり、形や配し方に家系の手がかりが含まれます。遠目でも取り違えないための印、とお考えください。なお、風紋にはもう一つ役割がありますが――それは今、知らずとも差し支えありません」


 フレデリカが要点を束ねる。


「つまり――公の場では外名、識別は風紋。内名は私的な結びの範囲。触れる順序を間違えない、ということね」


「まさにその通りです」


 場の理解が一段落したところで、アウリアは自らの線引きをもう一度、明確に置いた。


「もし作法をご存じなくてもうっかり内名で呼んでしまえば、相手と揉めごとになります。重々ご承知おき願います」


 文化の核心を、押しつけずに伝えようとする慎重さと礼が、その口調から伝わる。


「了解した。こちらも作法を守る」


 俺が答えると、フレデリカとセシリアもうなずいた。


 そのとき、脇でミコトが小さく口を開く。


「……なまえ、たいせつ」


 ひと言だけ。子どもの声のように柔らかく、樹脂灯と同じ温度で場の緊張をほどいていく。


「感謝いたします、ミコト様」


 アウリアが微笑み、俺たちも自然と表情をゆるめた。

 内名と外名、風紋――越えてはならない線の位置を、今、互いに共有できた。


 * * *


 区切りの気配を読んだのだろう。アウリアが一息つき、姿勢を正す。


「……これで、ひととおりの説明は済んだかと思います」


 樹脂灯の火が静かに揺れ、空気が落ち着く。そのとき、足元からするりと影がのぼり、ミコトがアウリアの肩先へそっと鼻先を触れた。押しつけるでもなく、ほんの一拍だけ。


 ――『よくやった』の意だと、なんとなく分かった。


 アウリアは目を瞬かせ、息を整えてから深く礼をした。


「畏れ入ります。お役に立てたなら幸いです」


 フレデリカが俺の隣で、ほとんど聞こえない声でつぶやく。


「……褒美、ね」


 その横顔は、少しだけ緩んでいた。


 俺はアウリアに向き直る。


「翼座を、直接見てみたい。いいか?」


 アウリアはためらわず、こくりとうなずく。


「承知しました。直接見ていただくことで分かることもあるかと。台座の奥に古い壁面があり、聖獣と聖女の記し――壁画が残っています」


「壁画、か」


「はい。足場は狭くはありませんが、段差がございます。転ばれませんよう。灯りは携行灯をお貸しします」


「助かる。案内よろしく頼む」


「はい。準備が整い次第、台座の奥へ」


 アウリアが席を立ち、俺たちもそれにならって腰を上げた。椅子の脚が床を擦る乾いた音が、一度だけ集会所に響く。


「それでは――ご案内します」


 アウリアの短い宣言に、全員がうなずく。樹脂灯の火をひとつ落とし、卓上を簡素に整える。


 古い壁に残された記し。何が描かれているのか――胸の奥が、わずかに高鳴った。

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