表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第3章「灯巫と白き一角」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/54

51話「翼人族の里にて①」

 夕食をすませ案内されたのは、集会所に隣接した客間だった。板張りの床に敷き布団が五つ、間を詰めて横一列。衝立もあるが、狭いため今は部屋の隅に畳んで寄せてある。樹脂灯のやわらかな明かりが、布の端をほんのり照らしている。


「客間はこちらです。どうぞごゆっくりと」アウリアがそう言い添えて一礼し、部屋を辞した。


 残ったのは俺たち五人と、静かな灯だけだ。


「……同室、か」


 思わず漏らすと、フレデリカがぴくっと肩を揺らした。


「も、問題ないわ。体裁上は夫婦だし」


 言いながら頬が熱くなっている。咳払いでごまかしつつ、枕の位置をやたら丁寧に直す。いつも冷静な彼女では珍しい反応だ。


「私はノエル様の所有物ですので、何も問題ありません」


「言い方!」とフレデリカが即座に突っ込む。だがエルミアの口調はいつも通り淡々としていて、忠誠の表現に棘はない。毛布を軽く叩き、ふわりと空気を含ませた。


「安全上の理由からも固まっていた方が良いでしょう。まだ何があるとも限りません。……お嬢さまの隣はいただきます」


 セシリアは相変わらずの調子で、窓と梁の影を確かめてから、入口側の布団を選ぶ。


「まあ、今日は疲れたし、好きに寝よう。俺の布団は少し離しておく」


 端の布団をわずかにずらして腰を下ろすと、足元から小さな影がとことこ近づいてきた。ミコトだ。そのまま、ためらいゼロで俺の布団に潜り込む。


「おい、お前のはこっちだぞ」


 隣の布団を指さすと、布の中から金の瞳だけが覗いた。こくり――だが出る気はないらしい。もぞ、と俺の腕に寄り、毛布を顎まで引き上げて満足そうに目を細める。


「……まあ、いいか」


 聖獣とかいう大層な存在らしいが、こうしているとただの子どもだ。鼻先はひんやりして、体温は素直に高い。息づかいが近い。フィーネも昔、夜更けになるといつの間にか俺の寝床に潜り込んでいた――そんな記憶がふと浮かんだ。


「ミコト、本当にあなたに懐いてるわね。何でかしら」


 それを見ていたフレデリカがぽつりとこぼす。


「ノエル様が子供に好かれやすいのも関係してるとは思いますが」


 とエルミア。


「確かに、そうかも」


 フレデリカがくすりと笑って同意した。


 なぜ俺の名前を知っていたのか、なぜ俺にこんなに懐いているのか。まるで分からないが、今は一旦おいておこう。きっといずれ分かる――と心の隅に押しやり、呼吸を落とす。


「さて、明日もあることだし、早めに寝ましょう」フレデリカが言い、こちらをちらりと見てから、慌てて毛布を耳まで引き上げる。


「そうだな。消すぞ」


 灯を落とすと、闇がやさしく沈んだ。目が慣れるまでのあいだ、並んだ寝息が順に重なっていくのが分かる。ミコトが「ん」と喉を鳴らし、俺の袖を指先でちょんとつまんだ。返事の代わりに、毛布を少し引き上げてやる。


 同じ部屋、同じ布団の並び。気恥ずかしさはあるが、嫌ではない。俺の意識は、いつの間にか静かな暗がりに溶けていった。

 

 * * * 

 

 朝の光が回廊から差し込み、集会所の卓に湯気が立った。素焼きの椀にはとろりとした粥、端に干し果実、薄めた甘茶。昨夜の張りつめた空気は引いて、食器が触れ合う小さな音だけが続く。


 ミコトは粥をすっかり気に入ったらしい。小さくすくっては、俺の方を一度だけ見上げ、こくりと飲む。聖獣という呼び名からは想像できない、年相応のしぐさだ。フレデリカは干し果実をつまみ、エルミアは匙の重さを確かめるように一定の間隔で口へ運ぶ。セシリアは警戒を解かず、扉と梁上を一巡させてから短く一口。


 配膳に立つ翼人たちの額には、それぞれ違う形の風紋(ふうもん)があった。渦の線、細い羽根の並び、点を結んだ小さな輪。色は緑で統一されているが、大きさも位置もまちまちだ。彼らにとっては氏名と同じくらい当たり前の印なのだろう。


「昨晩は、よくお休みになれましたか」


 甘茶の壺を持ったアウリアが、柔らかく声を掛ける。彼女の風紋は整ったひし形で、几帳面な気質に合っている気がした。


「ああ、おかげさまでゆっくり休めたよ」


「それは何よりです」


 甘茶が椀に落ち、松脂の香りがわずかに濃くなる。アウリアは卓の端へ視線を移し、言葉を継いだ。


「雨がなかったのは幸いでした。今季は風が荒く、人手不足も相まって、修繕できていない箇所が多くて……」


「人手が足りない?」


 俺が尋ねると、アウリアは小さくうなずく。


「ええ。食後に詳しくお話ししますが、若い者が外の暮らしを選ぶようになりまして。里の修繕も見回りも、手が回らないところが出ています」


「大変そうね。食糧は問題ないの? 頂いてしまっているけど」


 とフレデリカが問う。


「足りなくはありません。ただ、やりくりが難しくなってきました。乾き物を増やして、冬までを持たせる計算です」


 エルミアが匙を置く。いつもの“計算の顔”だ。ミコトは自分の椀を空にして、今度は俺の椀をのぞき込む。


「……もう少し食べるか?」


「うん」


 無邪気な返事に、卓の空気がわずかに和らぐ。アウリアはその様子を見届け、壺を盆に戻した。


「食べ終えたら、席を改めて情報交換をいたしましょう」


 湯気はまだ高く、静かな朝がそのまま続いていく。


 * * *


 食器を下げ終えると、卓は布巾で拭われ、円い水跡だけが残った。アウリアが椅子の向きを正し、俺たちもそれにならう。食事の場から、話す場へ。


「まずは俺たちのことだが、自己紹介から。俺はノエル。こっちの赤い髪がフレデリカ――俺の妻だ。そちらのエルフが俺の部下、エルミア。最後がセシリア。フレデリカの私付きの侍女だ」


 順に紹介し、軽く頭を下げる。


「俺はここから北の街を治めている。……“村の長”と言えば伝わるか?」


 アウリアが素直に頷いた。


「先日、この一帯の森で不審な出来事が起きたという報告があった。調べに入ったところ、知らず知らずのうちにそちらの領域に踏み込んでしまったらしい。すまなかった」


 俺はあらためて頭を垂れる。


「いえ。問答無用で攻撃を仕掛けたのは、こちらの非です。昨日の見回りの代表は……少々血気にはやる性分でして。それが災いしました」


 アウリアが苦虫を噛み潰したように言う。里の内情が垣間見える。


「こちらの事情は以上だ。何か聞きたいことはあるか?」


 少し考えてから、アウリアは首を横に振った。


「では今度は、そちらのことを順に教えてくれ」


 促すと、アウリアはうなずき、声を整える。


「昨日も申し上げましたが、あらためて。私は灯巫(とうこ)のアウリア。この里の“政と祭”を預かる者です」


灯巫(とうこ)というのは、村長(むらおさ)と巫女を兼ねる立場――そんな認識で合っているかしら? 聞き覚えのない役職名なの」


 フレデリカが横からたずねる。


「はい、概ねその通りです。聖獣様の翼座を守る役目を担う者に与えられる称号、とお考えください」


 アウリアは落ち着いた口調で答えた。俺がつづける。


「翼人族についても、もう少し教えてほしい。さっき“人手が足りない”と言っていたが、何かあったのか?」


「身内の恥ですが……三十年前、里はおよそ五十の家で成り立っていました。今は半分弱。若い者が外へ出て、そのまま戻らないことが増えています。そのため見張りの線に穴が生じています」


「戻らない、のか」


 視線を巡らせれば、先ほど目に入った空き家のいくつかが思い当たる。


「はい。“古い決まりに縛られたくない”と」


 短い返答に、重さが宿る。アウリアは事実を積み上げるように続けた。


「本来は六つの班で回す見回りを、今は四つでやり繰り。崖道の修繕も三日に一度の予定が一週間おきに。倉の見張りは交代を減らした分、目の届かない時間が増えました」


 セシリアが小さくうなずく。


「無理な穴埋めは、事故の原因になりますね」


「空を飛べるなら崖道は不要にも思えますが、整備はしっかりしているのですね」


 エルミアが問いかける。


「確かに我らは空を飛べますが、重いものを運ぶことや長距離の飛行は得意ではありません。子どもや年配もおります。ゆえに陸路も必要なのです」


 穏やかな声色のまま、言葉ははっきりしていた。


「我ら天羽(あまはね)の民は守り人――ですが、恥ずかしながら、もう限界も見えていました」


 樹脂灯が小さく揺れ、すぐに落ち着く。間を切らさぬよう、俺は次の問いを置いた。


「『守り人』というのは、聖獣を守護する者――そんな意味合いでいいか?」


「はい、合っています」


 アウリアはうなずき、言葉を重ねる。


「守り人の役目は、“聖獣様が目覚めるその時”まで翼座を見守ること。代々、受け継いできました」


「なるほど」


 納得の相槌を打ち、もう一つ確認する。


「翼座と聖獣について、改めて聞かせてほしい」


「翼座は里の奥、石造りの部屋にあります。台座はその中央。聖獣様が長く眠っておられた場所です。私たちの務めは、そこを汚さず、無断で踏み荒らされないよう見回ること。儀礼は簡素に保ち、飾り立てない――それが古くからの決まりです」


 俺たちの顔を順に見渡し、アウリアは静かに結んだ。


「記録に残る限り、聖獣様は“時が満ちれば目覚める”と伝えられてきました。つまり――今がその時、なのでしょう」


 フレデリカが小声でつぶやく。


「人間側の伝承は、その辺りが薄いのよね。アウリアの話が本当なら、もっと大々的に聖獣のことが書かれていてもおかしくないのに……」


 俺はうなずき、視線を戻す。


「現状も役目も理解した。ありがとう」


「いえ。大したことでは。……聖獣様がお目覚めになって、本当に良かった。最近は“急進派”の動きで、役目を果たせずに朽ちる可能性すらありましたから」


「急進派?」


 問い返すと、アウリアは背筋を正し、次の説明に移る準備を整えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ