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追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第3章「灯巫と白き一角」

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50話「灯巫―アウリア―」

 集会所は断崖に張り出すように組まれていた。樹脂灯の白い火が梁と吊り橋の影を浅く揺らし、松脂の甘い匂いが鼻に残る。壁の風穴が低く鳴り、外の冷気が足首を撫でた。翼人の代表に案内され、俺たちは中央の席へ通される。翼持ち用の高い腰掛けと、翼のない客人用の低椅子が並んでいた。


 白い外套の女が、ひとつ前へ出る。


 髪は腰に届く金色で、翼は白銀。顔立ちは整い、額には緑の紋――風紋(ふうもん)というらしい――が刻まれている。見回すと、他の翼人たちの額にも大小の紋があり、種としての特徴だと知れた。


「私は灯巫(とうこ)のアウリア。この里の政と祭を預かる者です」


 抑えの効いた、よく通る声だった。役名と装束、立ち位置から見て、司祭職に相当する役だ。先ほど先導していた代表よりも上位と分かる所作である。


 こちら側の主が俺だと判断したのだろう、視線が集まる。


「ノエルだ。緊張を持ち込んだ。すまない」


「まずは私どもの非礼をお詫びします。……とはいえ、我らにも聖獣様をお守りする務めがありました」


「事情は理解できる。知らせもなく訪れたこちらの落ち度だ」


 アウリアは短く頷き、表情をわずかに和らげた。少なくとも、形式上の謝意と理解は交わされた。


「それで――聖獣様は、どちらに」


「ん」


 ミコトが俺の前から一歩進み出る。白い巡礼服に小さな角。金の瞳が灯心のように澄んでいた。


 アウリアはその場で膝をつき、翼を畳んで胸の前で両掌を合わせる。先頭の膝が落ちると、後列まで連鎖した。会所に衣擦れだけが走る。これが彼らの最大礼なのだろう。樹脂灯の火がいっせいに揺らめき、張りつめていた空気が澄む。


「聖獣ミコト様にお目にかかれたこと、至上の喜びにございます」


 俺は椅子に浅く腰を下ろし、正面のアウリアへ向き直る。


「ひとつ教えてほしい。聖獣っていうのは、何だ?」


「古伝の語りでは――聖女ルミナと共に闇を打ち払った御方。その後、翼座(よくざ)――聖獣様が封じられていた台座にて眠りについたと伝わっています」


「ルミナって、ルミナ教の“あの”聖女ルミナ? 聖獣の話は……儀礼の注記に一行触れていたくらいね。亜人とかかわる伝承は聞いたことがないわ」


 フレデリカが首を傾げる。この中でいちばんルミナ教に通じている彼女がそう言うのなら、人間側では聖獣はわずかな言及にとどまり、亜人との結び付きは伝わっていないのだろう。


 アウリアはフレデリカへちらりと視線を送り、続けた。


「永い年月が経っておりますので、地上の伝は削がれたのかもしれません。少なくとも、この里ではそのように伝わっています」


 エルミアが小さく手を挙げる。


「その古伝は、文書で残っていますか?」


「口伝が主です。我らは聖獣様が目覚めるその日を、代々見守ってきました」


 そこでアウリアが言葉を改める。


「それで……失礼ですが、あなたがたは聖獣様と何か関わりが? お目覚めと皆さまの来訪が重なったのは、偶然とは思えません」


「それが、こちらにもさっぱりでね。聖獣――ミコトに聞いても分からない」


「ミコトはミコト。ノエルはノエル」


 ミコトが短く告げる。説明を重ねる意思はなさそうだが、少なくとも曖昧な嘘はない。


「……なるほど。古伝にも“時満ちて目覚める”とあります。きっと今がその時だったのでしょう」


 アウリアが姿勢を正し、俺を見た。俺はうなずき、ふと思いついたことを口にする。


「そういえば、王都に“聖女”が現れたという話がある。それと関係があるのかもしれない」


 フレデリカが苦い顔で目を伏せた。彼女が追放される遠因でもあるが、ここで言葉は挟まない。


 アウリアは少し考え、素直に首を傾げる。


「王都……長くこの地から離れておりません。どのような場所なのですか?」


「主に人間族が暮らす大きな街。……ここより数百倍の人間族がいると思って。果てまで屋根が連なるほど、と言えば近い」


 フレデリカが簡潔に答える。


「数百倍……想像が及びませんね」


 周囲の翼人たちが小さくざわついた。


「とはいえ、我らも昔日に比べれば衰えました。そのせいもありましょう」


 アウリアは一瞬、遠い目をする。すぐに切り替えて口を開いた。


「本日はもう遅い。今夜は客人として、よろしければここに滞在を。明朝、改めて話し合いの場を設けます。滞在と情報の交換、そして――聖獣様の安寧について」


「助かる」


 そこでひと区切りがついた。


 アウリアが合図すると、若い翼人が盆を運んでくる。薄い木杯に注がれた温い樹脂茶だ。


「翼人の伝統の飲み物です。よろしければ」


 まずはセシリアが口をつける。彼女が視線で“問題なし”と伝えたのを確認してから、俺も一口含んだ。渋みの奥で、喉がすっと通る。


「ひとつ確認。外へは、自由に出てもいいか?」


 一応の確認だ。出歩くつもりは薄いが、軟禁でないことは知っておきたい。


「翼座の奥以外でしたら。そこは明日、ご案内いたします。……警戒ではなく、古い定めです」


「了解した」


 俺は杯を置き、ミコトを見る。どうやら退屈していたらしく、燃える樹脂灯に指先を向け、灯心へふっと息を吹いて遊んでいた。


「ミコト」


「おなか、すいた」


 アウリアが小さく笑い、すぐ真顔に戻る。


「ささやかですが、軽い食事をご用意します」


 そう告げて立ち上がり、他の翼人たちへ手短に指示を出し始めた。


「……なんとか話ができそうで良かったな」


 俺はフレデリカたちに声をかける。


「そうね。理性的で、話の通じる相手。ミコトの件は気になるけど……」


 フレデリカが答え、セシリアが続けた。


「そうですね。王都にいた当時、“聖獣”が話題に上ることは稀でした」


「聖獣の護りを亜人が担っていた――そこも引っかかります。聖女は人間族の繁栄の象徴と認識しているので」


 エルミアも淡々と指摘した。


 分からないことだらけで俺たちは首を傾げた。


「まあ何にせよ、一旦休もう。明日、詳しい話が聞けるらしいし」


 今日は朝から出来事続きだ。夕食を済ませたら、早めに横になろう。

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