表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第2章「悪役令嬢、辺境に堕つ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/54

38話「スイート・クーデター③」

 蜜根芋(みつねいも)が完成してから、数日が経った。


 次に俺たちが着手したのは――その芋から抽出した蜜を、さらに煮詰めて砂糖にできないかという実験だった。


 結果は上々だった。


 出来上がった“蜜砂糖”の結晶を、指先でそっとつまみ上げる。

 淡い琥珀色のその粒は、どこか懐かしい輝きを帯びて見えた。


 ひとつ、舐めてみる。


 じんわりと舌の上に広がる甘味。

 黒糖にも似た、けれどもっと優しくて柔らかいコク。

 これは……ただの芋から作ったとは思えない出来映えだ。


 そして、俺の中で唐突に“それ”が閃いた。


「……これがあれば、もしかして」


 呟きながら、もう一粒を口に放る。

 過去の記憶が、確かに甦った。


「卵と乳は家畜からとれる。蜜砂糖もある。なら……あの甘い、ぷるぷるのやつ」


「ぷるぷる!?」


 フィーネがぴょこんと飛び跳ねた。

 目をまん丸にして、いつものようにこちらへ身を乗り出してくる。


「なにそれ、なにそれ! それって、おいしいやつなの?」


「おいしいどころじゃない。あれはな……子どもから大人まで虜にする、夢の味だ」


「夢の味!? たべてみたいっ!」


 彼女の目が、これでもかというほどきらきらと輝いていた。

 その期待に応えるべく、俺のなかでもう答えは出ていた。


 地球の――いや、前世の記憶の中で、最も“優しさ”を凝縮したスイーツ。


「……あれを作るっきゃない!」


 思わず拳を握りしめて声を張ると、 部屋の隅で帳簿を広げていたフレデリカが、ピクリと顔を上げた。


「……また始まったの?」


 ペンを置いて、若干うんざりしたような目でこちらを見る。


「せっかく蜜根芋が完成したと思ったら、今度は“ぷるぷる”? どうせまた、ろくでもないこと考えてるんでしょ」


「失敬だな。これは立派な文化活動だぞ? ちゃんとした甘味への挑戦でもある。それに、材料はもう揃ってる。あとは手を動かすだけだ」


 俺が自信満々に胸を張ると、フレデリカはわかりやすくため息をついた。


「……ほんと、好きにして。もう何が出てきても驚かないわよ」


「言ったな? じゃあ後悔すんなよ?」


「ええ。……感動する準備でもしておくわ」


 口調はぶっきらぼうだったが、その横顔にはどこか呆れと――ほんの少しの期待が混じっていた。


 この数日でだんだんわかってきたが、フレデリカもこういうのが嫌いじゃない。

 甘いものには、きっとちょっとだけ弱い。


「で? その“ぷるぷるの夢”って、なんて名前なの?」


 フィーネがワクワクを抑えきれない声で尋ねてきた。


 俺はひと呼吸置いてから、指を掲げて堂々と宣言した。


「――プリンだ!」


 その言葉が執務室に響いた。


「ぷりん……?」


「……なんか、名前までぷるぷるしてるね!」


「なんで作る前から名前が決まってるのよ……っていい加減もう突っ込むのも野暮ね。慣れてきたわ」


 エルミアは首をかしげ、フィーネは楽しそうに笑い、フレデリカは肩をすくめる。


「よし、じゃあ今から試作開始だ。フィーネ、手伝ってくれ!」


「うんっ!」


 蜜根芋から始まった“甘味改革”は、まだ終わらない。

 今度の舞台は――屋敷のキッチンだ。


 * * *


 屋敷のキッチンに、プリンづくりの素材がずらりと並ぶ。


 まずは“卵”。


 ――正式名称は「カクラ鳥の卵」らしいが、見た目も味も、どう見ても鶏の卵と完全に一致している。割った感触までまったく同じだ。


 だから俺はもう、“鶏卵”ってことで扱ってる。呼びやすいし、説明もいらない。思考の簡略化は知恵だ。


 次に、“牛乳”。


 これは、乳を出す大型家畜“バルー”から搾ったものだ。見た目は……まあ、牛というより毛の長いバッファローみたいな感じだが、出てくる乳は限りなく牛乳そのもの。コクも甘みも、まさに牛乳の再現性100%。


 もうこれは“牛乳”ってことでいい。味が同じなら、それで十分だ。


 あとは、蜜根芋から作った“蜜砂糖”。芋とは思えないほどまろやかで、ほんのり黒糖に似たコクがある甘味。これが今日の主役だ。


 香りづけには、甘い香りのする乾燥芳香草。煮出すとバニラに近い香りになるので、“バニラもどき”と命名して使っている。


「さあ、準備完了。異世界プリン、いざ開発開始だ!」


「ぷりん! ぷるぷる! ぷりんっ♪」


 フィーネがリズムに乗って踊ってる。どうやらこのプロジェクト、完全にお気に入りらしい。


 まずは、カラメルソース作り。蜜砂糖と少量の水を鍋に入れ、ゆっくり加熱する──予定だったのだが。


「うわ、ちょ、早すぎだって!」


 火の調整が甘かった。焦げないようにと気をつけたつもりが、数秒で蜜砂糖が真っ黒に変化。慌てて鍋を持ち上げたものの、時すでに遅し。


「……ちょっと焦げくさくない?」


 フィーネが眉を寄せながら、鍋の中を覗き込む。


「まあ……うん、これはこれで“ビター風味のカラメル”ってことで……」


 焦げたとは言わせない。カラメルは本来、焦がすことで生まれる深みもある。たぶん。


 気を取り直して、次はプリン液づくり。


 卵を割り、牛乳とよく混ぜ合わせ、そこに蜜砂糖とバニラもどきを加えて風味を整える。しっかりと目の粗い布で漉して、滑らかな口当たりを目指す。


 最後に、陶器の小鉢に静かに注ぎ込む。


 ここまでは順調……いや、焦がした分を差し引いても及第点か。


 問題は、ここからだ。蒸す。


 残念ながら蒸し器として使えそうなものは存在していなかった。だから代用品を使う。


 鍋に水を張り、台座代わりに木の輪切りを置く。その上に陶器の器をそっと並べ、濡らした布で蓋をかぶせれば──即席の“異世界式蒸し器”の完成だ。


 問題はここから。

 この工程こそ、プリン作り最大の山場──火加減の管理。


 妥協は許されない。

 この工程を失敗すれば、すべてが水の泡になる。だから俺は、執務室にいた“最終兵器”に声をかけた。


「フレデリカー。火加減、お願いできる?」


「……また私を“都合のいい女”扱い?」


 書類から顔を上げたフレデリカが、あきれたように睨んでくる。

 

 けれど、その視線には怒気はなくて。ただの文句だ。拒否しないあたり、ほんと優しい。


 俺の真剣さが伝わったのか、ため息をひとつ吐いた彼女は、静かに指を掲げる。


 その指先に、橙の炎がふわりと灯った。

 風を巻かず、焦げも生まず──ただじんわりと鍋底の水を温める、まるで職人の手仕事みたいな熱量。


 相変わらず、ため息が出るほどの魔法精度だ。羨ましい。


「中弱火。……これくらいでいいの?」


「完璧! さすがフレデリカ様!」


「まったく……調子のいいこと言って」


 呆れ声。だけど、どこか楽しそうだった。

 フレデリカはそのまま炎を注ぎ続ける。


 蓋をかぶせ、しばし静寂。キッチンに満ちるのは、水の沸く音と、蜜の残り香だけ。


 その鍋の中で──


 ぷるぷるの夢が、ゆっくり、確かに育っていく。


 隣で覗き込むフィーネの横顔が、まるで儀式を見守る巫女のように神妙で、俺も思わず背筋を伸ばした。


「……頼むぜ、異世界プリン。甘味改革の次なる一手、ここで決めてやろうじゃないか」


 * * *

 

 蒸し始めて、およそ三十分──。

 鍋の蓋をそっと外した瞬間、ふわりと立ちのぼる甘い香りに、思わず息をのんだ。


 陶器の器の中で、うっすらと艶を帯びた“それ”が、ぷるぷると震えている。


「……できた。完成だ」


 緊張で汗ばむ指先で一つを取り出し、慎重に皿へと移す。

 器を傾けるたびに、ぷるん、と愛らしく揺れた。


 ――間違いない。これは、俺の記憶にある“あれ”だ。


「カラメルをかけて……さあ、できたぞ。これがプリンだ。食べてみてくれ」


 フィーネとフレデリカの前に、一皿ずつそっと差し出す。


「わ……きれい……」


 フィーネは目を輝かせながら、そっとスプーンを入れる。

 表面がぷるんと波打ち、つるりとすくえた。


 そのまま、口元へ運ぶ。ぱくり。


「……なにこれ……しあわせ……」


 ぽつりと呟いたその表情は、まさに“夢見心地”だった。


 それだけで、今日一日の苦労が全部報われた気がした。


「……口の中で、とろけて消えるわね……」


 後ろから、フレデリカの低い声がした。

 器を手にしたまま、じっとプリンを見つめている。


「濃厚なのにくどくない……悔しいけど、すごく美味しい。黒いソースのほろ苦さも、いいアクセントになってるわ」


「ふふん、言っただろ。夢の味だって」


「……これが夢の味、ね。認めるわ。これは本当に、すごいわね」


 先ほどまで呆れていた彼女の頬が、ほんのり緩んで見えた。


 * * *


 その後、政務をしていたエルミアも呼び出して、ささやかなプリンの試食会が始まった。


 食べ終えたあとのキッチンには、言葉にならない満足感が漂っていた。

 

 ただの静けさとは違う。甘さに満たされた、心がほどけていくような余韻。


 ふいに、フレデリカがふいに立ち上がり、ぽつりと呟く。


「……このお菓子、絶対売れるわ」


 顔を向けると、彼女はもう“仕事の顔”になっていた。目元に鋭さが宿る。


「材料はすべてレイフィールド産。作り方も比較的簡単で、量産もいける。食感、香り、見た目、すべて高水準……あとは、名前は……なんて言ったっけ?」


「“プリン”だ」


 俺は、皿の上で揺れるそれを見つめながら言った。胸の奥に、ほんの少しだけ懐かしい気持ちが浮かんでくる。


 ……らしくないなと思いながらも、それは悪くない感情だった。


「いい名前だと思います。短くて、響きも可愛らしいですし」


 エルミアが穏やかに頷く。


「“レイフィールドの黄金プリン”として、名物にしましょうか。蜜砂糖の評価も、一気に跳ね上がりますよ」


 横ではフィーネが、空になった器を名残惜しそうに抱きしめていた。


「ねぇおとうさん、明日も作っていい? いっぱい、つくろ?」


「ああ、どんどん作ろう。これがあれば……仕事も捗るからな」


 軽く笑って返すと、フィーネはにこーっと嬉しそうに笑った。


 思いつきで始まった“甘味改革”だったけれど、これでひとまずの区切りがついた。


 けれど――俺たちの改革は、まだ終わらない。


 本番は、きっとここからだ。


 それでも今は、このぷるぷるが誰かの笑顔を生む一匙になれば――

 

 そんなささやかな願いを胸に、俺は最後のひと口を、静かに味わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ