37話「スイート・クーデター②」
野芋の改良にあたり、屋敷の裏庭にある程度のスペースを確保した。
日当たりのいいこの区画に、まだ泥のついた“野芋”を手にした俺と、隣で目を輝かせるフィーネが立っている。
「いいか、フィーネ。この芋を……そうだな、これくらい大きくして、もっと甘く育てたいんだ。いけるか?」
両手で丸を作って示すと、フィーネはぱちぱちと瞬きし、ふふっと笑った。
「うん、聞いてみる!」
そう言うと、芋を土に戻し、そっと手を添える。
静かに目を閉じた彼女は、まるで植物に祈りを捧げる巫女のようだった。
──数秒後。
「うん、“がんばってみる”って!」
ぱっと目を開き、満面の笑顔。いつになく頼もしい。
「おお、そうか! じゃあ、作業開始だ!」
「おーっ!」
ふたりで腕を振り上げ、気合いを入れる。
俺たちの、甘味を目指す“品種改良”作業が始まった。
* * *
まずは、畑を耕して野芋を何株か植えるところからスタート。地味だが、こういう作業は嫌いじゃない。
「ふう……こんなもんか。フィーネ、準備できたぞ」
「うんっ、大丈夫。あとは任せて!」
彼女が畝に両手をかざす。やわらかな声で、野芋に語りかけるように──
「……そう、大きくて、甘い。うんうん、お願いね」
その声に応えるように、地面がふわりと震えた。彼女の魔力が、確かに土へ染み渡っていく。
「これでよしっ。おとうさん、しばらくしたらまた見にこよう!」
「ああ、よろしく頼んだ」
本当に、すごい力だと思う。
通常ではありえない速度で、発芽と成長を促す彼女の能力は、まさに規格外だ。
──そして翌朝。
「……マジかよ」
昨日植えたばかりの野芋が、もう芽を出しツルを伸ばしていた。引っこ抜いてみれば、ひとまわり以上大きくなった芋が、しっかりと根を張っていた。
土を払い、試しにかじってみる。
「……おっ。甘み、増してる」
まだ水っぽさは残るが、たしかに昨日の“原種”よりも味が濃い。
やはり、フィーネの力は本物だ。
「これは……いけるな」
「つぎはどうするの?」
「そうだな。もう少し大きく、もっと甘く。そして、水気を減らせれば文句なしだな」
「わかった! お願いしとくね!」
それからというもの、俺たちは毎日、政務の合間に畑で改良作業を続けた。俺は育った芋を観察し、フィーネが魔力を通じて“次”を育てていく。
ある日、ふと気になって聞いてみた。
「……なあ。俺たち、食べるためにこの芋を改良してるわけだけど、植物側ってそれ、嫌がったりしないのか?」
フィーネはきょとんとして首を振った。
「ううん。いっぱい育ててもらえるんでしょ? だから、みんな喜んでるよ」
「……なるほどな。繁栄したがってるのか」
「でしょっ! みんな、やる気まんまんだよ!」
「よし、野芋の未来のためにも、もうひと踏ん張りだ!」
「うんっ!」
作業は単純だ。
できあがった芋のなかから、最も大きくて甘いものを選び、それを次世代の種にする。そしてまたフィーネが改良方針を伝え、魔力でぐんぐん育てる。
四日目の夕方には、すでに第四世代が完成していた。
* * *
「……この領の収穫量の異常さ、また帳簿のミスかと思ってたけど……まさか、フィーネのせいだったとはね」
五日目、裏庭にふらりと現れたフレデリカが、畑を見てぽつりとつぶやいた。
帳簿を片手に、目を丸くしている。
「そう。彼女の力があるから、収穫量がアップするし、こんなスピードで改良も進むんだ」
「……この領に来てから、私の常識が崩れっぱなしよ」
そう言いながら、彼女はどこか楽しそうに肩をすくめる。
「飽きなくていいだろ?」
「……間違いないわね」
そんな話をしながらも横で俺とフィーネは、芋の選別を続けていた。
「この株、蜜線が太い。甘味、期待できそうだ」
「こっちは皮が厚いけど、芽がしっかりしてるね。どうしようか?」
土に触れるフィーネは、まるで畑に舞い降りた妖精のようだった。
「まったく……楽しそうで何よりね」
フレデリカが、呆れ顔でふっと笑った。
* * *
──そして七日目。
「……できた。ついに、完成だ!」
朝の陽を浴びて、畑に立つ俺はそう呟いた。
第七世代の野芋は、まるで前世のサツマイモのようだった。
赤紫の皮、濡れたような光沢──そして、ナイフを入れた断面からは、ほんのり蜜が覗いていた。
「……いくぞ、フィーネ」
「うんっ!」
ふたりで同時に、かじる。
「「……あまーーーーーいっ!」」
思わず、声がそろった。
ねっとり濃厚な甘味が、舌にからみつく。繊維はしっとり柔らかく、生でも驚くほど食べやすい。その香りと蜜の風味が、口いっぱいに広がっていく。
「……これは、もう“野芋”じゃないな」
「うん、別ものだねっ」
「名付けるとしたら──“蜜根芋”。それが、完成形だ」
「おとうさん、やったねっ!」
「いや、フィーネのおかげだ。お前の力がなきゃ、ここまで来られなかった」
「えへへ。でも、お芋さんががんばったんだよ? だから、いっぱい褒めてあげてねっ」
そう言って、そっと土に手を当てるフィーネを見て──
俺も、思わず笑みがこぼれた。
誰にも見向きもされなかった、雑草のような芋が。たった一週間で、未来を変える作物に生まれ変わった。
* * *
蜜根芋の試食会は、屋敷の裏庭で行われた。
「……で、これがその“完成品”ってわけ?」
訝しげな目つきでフレデリカが芋を見下ろす。俺の手から半分に割った蜜根芋を受け取ると、ほんのり赤紫の皮に指を添えて──恐る恐る、ひと口。
そして、眉が跳ね上がった。
「……なにこれ。甘っ。下手な果物より甘いんだけど?」
「ほんとに……。こんなに甘い芋、初めてです」
隣のエルミアも驚いたように目を見開いていた。
俺ももう一度、かじってみる。ねっとりとした甘みが舌にまとわりつき、喉の奥まで染みていくような濃厚さ。繊維は驚くほど柔らかく、蜜が芯にまで詰まっている。
「……これさ、天日干しで甘味を凝縮させるのもいいけど、焼き芋でも美味そうだよな」
「両方、試してみたいですね……」
エルミアが、蜜根芋をつまみながら静かに頷く。
「フレデリカ。火魔法、頼めるか? うまく火力を調整して、じっくり焼いてみたい」
「……ちょっと。人を焚き火代わりにしないでくれる!?」
不満げに眉をひそめるが、その視線は芋から離れない。
睨まれているはずなのに、どこか気が抜けるのは──彼女も甘いものには弱い、年頃の女の子だからだろう。
「……まあ、いいわ。今回は特別よ」
指先に灯るのは、淡く揺れる橙色の炎。
風も起こさず、焦がしもせず。芯までじっくり熱を伝えるその魔力は、まさに火の魔法使いの技術の結晶だった。
――フレデリカにしてみればその技術を焼き芋に使うのは、心外かもしれないが。
「はい、できたわ。食べてみなさい」
焼けた蜜根芋を半分に割ると、断面から黄金色の蜜がとろりと流れ落ちた。
香ばしい香りとともに、俺は思わずかぶりついた。
「……これは、やばいな」
外はカリッと香ばしく、中はとろりと蕩ける。蜜の甘さと芋の旨みが渾然一体となり、まるで高級スイーツのような深みのある味わいだった。
これが、たった一週間前まで雑草扱いだった野芋の末裔だなんて、誰が信じるだろう。
思わず口角が上がった。
* * *
夕暮れ時、俺たちは屋敷裏の焚き火のまわりに集まっていた。
焼きたての蜜根芋を両手で持ち、フィーネと俺は夢中でかじりつく。
「あはは……熱いけど、甘い〜っ!」
「この蜜、たまんないな……」
焚き火の爆ぜる音と、ほくほくと焼ける芋の香ばしさ。
何かを達成したあとの静かな満足感が、空気を満たしていた。
「……この子たちも、嬉しそう」
ぽつりと呟いたフィーネが、畝に目をやる。その視線は慈しみに満ちていて、俺は彼女の“育てる”という力の本質を改めて思い知らされた。
「うまいし、育てやすいし、保存もきく。……これ、最強の作物じゃないか?」
思わず出た本音に、誰も否定はしなかった。
流通、保存、加工、展開。この蜜根芋には、未来を変えるだけの価値がある。そんな確信めいたものが、心の中に静かに芽吹いていた。
「ええ……売れるわね、これ」
隣で芋をかじっていたフレデリカが、真顔で切り出した。
「え?」
「焼き芋、干し芋、蜜芋茶に、芋菓子。パイもいいかもしれないし、蜜を煮詰めてシロップにするのも……。可能性しかないわ」
どこからともなく懐から取り出した携帯用のメモに、さっそく何やら書き込み始めている。あれはもう、“文官”じゃなく“商人”の目だ。
「確かに、名産品としては申し分ないですね。これほど甘味の強い作物は、王都でも希少なのでは?」
エルミアが頷いた。
「……そうだな。蜜をもっと濃縮すれば、砂糖の代わりになるかも」
「乾燥して、煮詰めて……結晶化までできれば、いけるわね」
「ねぇねぇ、もしお芋さんから砂糖ができたら、“蜜砂糖”って名前にしようよ!」
フィーネが頬を染めながら、両手で蜜根芋を掲げる。
「……悪くないな。それ、もう売れそうな名前だ」
誰かが冗談を言うたびに、笑い声が火の粉に混ざって弾ける。
焼き芋の甘い香り。
魔法の火に照らされる穏やかな顔。
日が暮れても冷えない優しい空気。
──ああ、きっとこの芋は、いずれ“レイフィールドの宝”になる。
俺たちの、ささやかな“甘味改革”。
その第一歩は、蜜のように甘い笑顔とともに──静かな勝利として刻まれた。
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