表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第2章「悪役令嬢、辺境に堕つ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/54

35話「風、炎、そして獣②」

 試合を終えたばかりの俺が、地面に腰を下ろすのをよそに──

 

 フレデリカは木剣をくるくると器用に回しながら、さらりと言った。


「次、エルミアも相手してよ。……体、あったまってきたし」


 その言葉と同時に、彼女の掌に赤い魔力が灯る。熱を含んだ空気がじわりと広がり、訓練場の一角が一気に“戦場”の気配を帯びた。


「魔法、ありでどう?」


「……承知しました」


 エルミアも静かに立ち上がる。

 

 スカートの裾がふわりと揺れ、足元には淡く風が立ち昇った。まるで精霊たちが、彼女の決意に応えて舞い始めたかのように。


 無言のまま、ふたりは間合いを取る。空気が張り詰め、場がしんと静まり返った。

 

 訓練というにはあまりに本気度の高い、魔法使いたちの“模擬戦”。


 観ている俺も、思わず息を詰める。


 そして──


炎裂剣(フレアブレード)!」


 詠唱と同時に、フレデリカの手に握られた木剣が紅蓮に染まる。燃え盛る炎が剣に絡みつき、揺らめく獣のように唸りを上げた。

 

 それはただの火ではない。魔力の刃として形を与えられた“斬撃の具現”だ。


風刃の追尾(ウィンドチェイサー)


 エルミアも即座に詠唱を完了する。

 

 空を裂くように、無数の風の刃が出現。それぞれが滑るような軌道で、フレデリカを三方から包囲するように飛翔する。


 だが──フレデリカは怯まない。

 

 逆に一歩前へと踏み出した。


爆焔障壁インフェルノ・シールド!」


 ごぅっと地面を揺らし、炎の障壁が立ち上がる。風刃はその熱量に焼かれ、霧散したが──

 

 それは“視界の遮断”という、さらなる布石に過ぎなかった。


音速の跳躍(ソニック・ブリンク)


 風に乗って、エルミアの姿がふっと掻き消える。

 だが──


「甘い!」


 背後から放たれた斬撃を、フレデリカは迷いなく振り返って弾き返す。

 

 その剣先が掠めた瞬間、エルミアの頬に炎の熱が触れた。


「……っ」


 ほんのわずかな隙が、焼ける空気となって肌を舐める。それだけで、命のやり取りに近い緊張感が伝わってくる。


 そこからは、まさに火と風の乱舞だった。


 エルミアが次々と風刃を展開し、角度を変えながらフレデリカに襲いかかる。フレデリカは剣撃と魔法でそれを受け流し、時に前へ出て打ち払う。


 魔法と魔法の応酬だけではない。戦いは徐々に接近戦へと移っていった。


真風刃・散弾シュトゥルム・カッター!」


 エルミアの両手が広がり、そこから放たれる無数の真空刃。散弾のように、視界を覆うほどの攻撃が展開される。


「……っ!」


 一瞬、フレデリカの動きが止まる。だが、次の瞬間にはもう前へ。


 炎剣を大きく振りかぶり、魔法の波を力づくで割って突き進む。爆炎と風が衝突し、訓練場の地面が抉れる。


 まさに“紅の一閃”。

 

 ──それは、フレデリカが“灰燼の乙女メイデン・オブ・アッシュ”と呼ばれる所以、その片鱗だった。


疾風(エア・ラピード)!」


 エルミアが再加速。


 風を纏い、さらに高速でフレデリカの間合いに入り込む。


 交差──


 炎剣がうなりを上げ、風を裂いた短剣が軌道を描く。

 

 火と風の衝突。

 

 爆ぜる音とともに、訓練場に濛々と砂煙が立ち込めた。


 ──数秒後。

 

 ふたりは静かに距離を取り、構えを解く。


 肩で息をしながらも、視線はまだ熱を帯びている。


「……ここまでにしておきましょうか」


「ええ、そろそろ本気になりそうだったし」


 互いの息を整えながら、微笑みを交わすふたり。


「なかなかやるわね、エルミア」


「フレデリカ様こそ。間合いの読みと攻防の切り替えが完璧でした」


 剣と魔法で競り合った末に交わされる賛辞は、どこか騎士のそれを思わせた。研ぎ澄まされたふたりの強さに、俺はただ呆然と立ち尽くす。


「……二人とも、かっこよすぎるだろ……俺だけ、なんか別ゲーやってない?」


 ぽつりと漏らした言葉に、ふたりは視線を交わし──

 

 小さく笑った。


 朝の冷気がまだ残る訓練場に、火と風の残滓がゆるやかに漂っていた。

 

 それは、誇りと実力を伴う者たちだけが刻める、“静かなる余韻”だった。


 * * *


 余熱の残る訓練場に、静かな風が吹いていた。


 さっきまで火と風が交差していた場所には、魔力の残り香と、わずかな焦げ跡だけが残されている。


 そんな余韻のなかで、ぽつりと落ちたひとこと。


「……それでも、本気のノエル様には、まだまだ敵いません」


 言ったのは、エルミアだった。


 淡々と事実を述べるような口調。その場にいた全員が、思わず彼女のほうを見る。


「……え?」と俺が呟き、「なによそれ」と、フレデリカが眉をひそめた。


 エルミアは静かにこちらを向いた。その瞳には、一切の誇張も謙遜もなかった。


「どれほど鍛えても……まだ、ノエル様には敵いません。純粋な一対一となれば、私では到底太刀打ちできないのです」


 まるで巨大な崖を前にしているような眼差しで、彼女は空を仰ぐ。


「ちょ、ちょっと待てエルミア、変な誤解を生むような言い方は──」


 俺の抗議は途中で遮られた。


 フレデリカが、柵に立てかけていた木剣を手に取っていたのだ。


 さっきまでの朗らかな笑顔は消え、代わりに浮かんでいたのは静かな闘志。


「へぇ……剣はそこそこだけど、魔法ありならやるってわけ? エルミアがそこまで言うなら、確かめてみたくなるじゃない」


 彼女の木剣が、まっすぐ俺を指す。


「立って、ノエル」


 風も音も止んだように感じた。


 ──もう、逃げられない。


 俺は立ち上がり、静かに息を吸い込む。


 確かに、この数年で俺の戦闘能力は大きく変わった。


 だがそれは、洗練された魔法技術や精密な剣術とは違う。


 俺が持っているのは、たったひとつ──


 “内側”の魔力を、徹底的に研ぎ澄ますという戦い方だ。


 魔力を外へ放てない俺が選んだ、生き残るための道。


 筋肉、神経、感覚器……すべてを、細胞単位で強化する。


 体内に巡らせた魔力が、皮膚の外側に“鎧”を展開し、防御と感知を両立させる。


 構えはいらない。詠唱も不要。


 ただ、静かに、意志を沈めるだけ。


 ──俺は、獣になる。


 息を吐くと、全身に熱が走る。


 鼓動が強くなり、視界の輪郭が鋭くなる。


 音、気配、熱、空気の流れ。すべてが、網膜に焼き付くほど明確に“見える”。


 フレデリカが、目を細めた。


「うそ……なにこの圧……魔力、外に漏れてるの!?」


 一歩、踏み出す。


「……ああもう、なんかムカつくわね! 開幕から全力で行かせてもらうわよ!」


 詠唱が火を纏う。


炎裂剣(フレアブレード)!」


 木剣に赤い炎が宿り、フレデリカが疾駆する。


爆脚(フレイム・ステップ)!」


 足元で爆風が弾け、視線の届かない速度へと加速──


 さらに、空中でもう一度爆風を発生させる。


「二段加速……!」


 高速変則軌道。最速不可避の斬撃。


 だが、


(……見える)


 風圧の乱れ、足の重心、爆風の偏差──


 すべてが、スローモーションのように視えた。


 身体が、先に動く。


 半身をひねり、木剣を躱す。


「なっ……!?」


 フレデリカが驚きに目を見開く。空振りし、その勢いで背後へたたらを踏んだ。


 だが、諦めの色はない。


「まだよ! 紅蓮掃射(クリムゾン・シュート)!」


 フレデリカの腕から、三十を超える炎弾が放たれる。


(……全部は避けられない)


 そう判断した俺は、腕をクロスさせると正面に突っ込んだ。


「えっ、正気!?」


 だが──


 炎弾は、俺の身体に触れた瞬間、“弾かれる”。


 俺の魔力皮膜が、魔法の核だけを削ぎ落とし、ただの熱として流す。


 巻き上がる煙の中、俺は一気に距離を詰めた。


「くぅっ……! 身体強化(フィジカ・ライト)!」


 咄嗟の詠唱。フレデリカが身体に魔力を巡らせ、木剣を振り上げる。


 反応も、構えも、文句なし。迎撃としては完璧だった。


 ──だが、それすら通じない。


 俺は、その一撃を“噛み砕いた”。


 ギギッ、と耳障りな音を立てて、木剣が中ほどから砕け散る。


「な──!?」


 次の瞬間。


 俺は、彼女の肩を抱え込むようにして、胴へ体重を預け──


「うわっ──!?」


 タックル。フレデリカの身体が宙を舞い、訓練場にドスン、と重い音を響かせて倒れる。


 俺はその上に、覆いかぶさるようにして両肩を押さえつけていた。


 ──勝負、あり。


 静まり返る訓練場。煙と砂埃、わずかに残る熱気。


 フレデリカは呆然とした顔で、俺を見上げていた。


「……はあ。あなた、どうなってるのよ……?」


 肩で息をしながら、フレデリカが呆れたように言葉を漏らす。


「異常なまでの身体強化に、魔力まで纏って突っ込んでくるなんて……まるで、獣じゃない」


「……俺だって、好きでこのスタイルになったわけじゃないんだけどな」


 俺はゆっくりと身体を離し、膝をついた。


 魔力が引き、視界が元の色を取り戻していく。


「……魔法も制御できないし、気づいたらこうなっててさ……。自分でも野蛮だって思うよ」


 勝ったのに、なんとなく居心地が悪い。


 フレデリカは肩で息をしながら、苦い笑みを浮かべた。


「……せめて、加減って概念を覚えてくれると助かるんだけど」


 俺は苦笑するしかなかった。


 そのとき──


「コホン」


 背後で控えめな咳払い。振り返ると、エルミアがそっぽを向いたまま言う。


「いくらご結婚されているとはいえ、私の目の前でそのような行為は控えていただきたいのですが」


 ……え?


 改めて見下ろすと、俺の手の下には、倒れたままのフレデリカ。


 至近距離で、顔が、すぐそこに──


「~~~っ!」


 フレデリカがぷいっと顔を背け、耳まで真っ赤に染めていた。


 * * *


 訓練場に、やわらかな朝の光が差し込んでいた。


 さっきまで火と風が激しく交錯していた場所には、焦げ跡とえぐれた地面、そしてほんのり漂う魔力の残り香が残されている。


 戦いの熱気がようやく落ち着き、空気が静けさを取り戻すなかで──俺たちはそれぞれ、言葉少なに息を整えていた。


「……ふう。いい汗かいたな」


 額の汗を袖で拭いながら、俺は空を見上げる。


 高くなりはじめた朝日が、まるで労いのようにじんわりと差し込んでくる。


 心地よい疲労感が、筋肉の奥からじわじわと広がっていく。けれど、それが妙に気持ちよかった。


「ノエル様、いつもながら見事な動きでした。魔力の流れが、外からでも手に取るようにわかります」


 エルミアが小さく息をつきながら、丁寧な口調で言葉をかけてくる。


 俺が照れくさそうに頬をかくと、隣でフレデリカがぽつりと呟いた。


「……あなたの魔力量、ちょっと異常ね」


 俺は思わず、半眼で彼女を見やる。


「それ、褒めてる?」


「事実を言ってるだけよ。あんなに雑に回してるのに、全然底が見えないし……普通なら途中で失速するってのに、むしろ勢い増してたし」


 肩で息をしながらも、フレデリカは口元を緩める。


「どんだけ貯め込んでるのよ……まるで、底なしの海みたいじゃない」


「いや海て……」


 呆れたように返すと、フレデリカはふふっと笑った。


 その表情は、いつもの勝気なもの。けれど、どこか認めたような、そんな色も混ざっていた。


「まあ……次は本気でやるから。今度こそ負けないわよ」


「いやいや、今回も充分本気だったろ?」


「うるさいっ!」


 ぷいっと顔をそむける彼女の頬が、うっすら赤くなっていたのは──たぶん気のせいじゃない。


 そんなやり取りを、エルミアが穏やかな笑みで見守っていた。


「私はいつでも、お相手します。修練は、裏切りませんから」


 その言葉に、俺も頷く。木剣を柵に戻しながら、気持ちよく伸びをする。


「うん、今日は動いてよかった。体が軽くなるな。……またやろう、近いうちに」


「もちろんよ」


「はい。いつでも、お供します」


 三人の声が自然に重なる。


 戦い方も、得意な術も、性格も全然違う。だけど、強くなりたいという気持ちは同じだった。


 それぞれが違う空を見上げていても、不思議と心のベクトルだけは、ひとつに向いている気がする。


「……さて、そろそろ朝食にしようか」


 言葉と同時に、場の空気がふっとほどける。


「賛成。朝からだいぶ動いたしね。お腹すいたわ」


「ノエル様、本日のご朝食は……?」


「パンとスープがいいな。簡単なやつで」


 そんな何気ない会話を交わしながら、三人で並んで歩き出す。


 魔力の余韻がまだ微かに残る訓練場を背に、俺たちは笑いながら屋敷のほうへと足を向けた。


 昇りゆく朝陽が、俺たちの背中を優しく照らしていた。

お読みいただきありがとうございます。

フレデリカとエルミアのイメージ画像は以下です(AI生成)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ