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追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 宵宮ミレ
第2章「悪役令嬢、辺境に堕つ」

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25話「盟友の契り、仮面夫婦の夜」

 グラスに残った琥珀色の液体が、静かに揺れている。


 さきほどまでの笑いの余韻が、名残惜しさを残しながらも──

 

 ふたりの間には、少しずつ“新しい空気”が流れはじめていた。


「……ひとつ、聞いてもいいか?」


 ふと俺が声を落とす。


「この地を見て……どう思った?」


 フレデリカは一瞬、問いの意図をはかりかねたように眉を動かした。けれどすぐに背筋を伸ばし、真っ直ぐにこちらを見据える。


「正直に言っていいのなら……荒れているわ」


 言葉に遠慮はなかった。飾りも脚色もない、彼女らしい冷静な分析だった。


「建物は古く、インフラも脆弱。街道もまともに整備されていないし、物流も滞っている。商業の基盤も弱い。──貴族領としては、はっきり言って後進ね」


 そこまで一息で言い切ってから、ふっと目を細める。


「……でも、可能性はあるわ。土地は広く、水も豊か。眠っている特産品も多そうだし、住んでいる人たちも、諦めてはいなかった。──ちゃんと手を入れれば、この地は変わる。私はそう思う」


 その評価は辛辣でありながらも、確かな希望を含んでいた。


「……そうか。君にそう言ってもらえると、少し救われるよ」


 胸の奥に、ゆっくりと確信が広がる。俺の歩んできた道が、間違っていなかったと証明された気がした。


「この領地を、変えたいと思ってずっとやってきたんだ」


「来る途中、資料で少し読んだわ。ここ数年で急成長してるって。──あれは、あなたの指揮?」


「いや、仲間の力を借りて、なんとか形にしてきただけさ。まだ道半ばだよ」


「それでも十分すごいわ。構想があっても、実行に移せる人間は限られてる。あなたには、その胆力がある。……私にはそう見えた」


「……ありがとう」


 素直に礼を言ったあとで、少し息を整える。


 そして──本題へと踏み込む。


「君にも、その手伝いをしてもらえないか?」


 真正面から告げた言葉に、フレデリカはわずかに眉を上げた。


「私が? この領地の運営に?」


「ああ。政略結婚だったのかもしれない。でも、形だけで終わらせるつもりはない。君には知識も、経験も、俺にはない視点もある。それを──この地に活かしてくれないか?」


 フレデリカは小さくため息をついて、肩をすくめた。


「ずいぶん買ってくれるのね。初対面にしては、ずいぶん好意的じゃない」


「本気で言ってる。今夜、君と話して思ったんだ。君は、ただの“灰燼の乙女”なんかじゃない」


「……またその呼び名。やめてって言ったでしょ」


「じゃあ、別の2つ名を考えようか。たとえば──“灰穂の乙女(アッシュ・ハーベスト)”。誰かを焼き尽くす炎じゃなくて、大地を耕す火。灰は、やがて作物を育てる。君の知恵と胆力は、この地に実りをもたらすと、俺は思ってる」


 その言葉に、フレデリカの瞳がわずかに細められた。


「……それ、案外気に入ったわ。悪くない響き」


「それに──君にももう1つ、メリットがある」


「メリット?」


 警戒ではなく、関心の色。俺は一拍置いて、静かに核心を突いた。


「君を追放した連中に、何も思わなかったわけじゃないだろ?」


 フレデリカのグラスが傾き、琥珀の液体が照明に反射してきらめく。


「……正直に言えば、腸が煮えくり返るほど悔しかったわよ」


 言葉に混じるのは、怒りではない。それは、明確な“意思”の色。


「やっぱり。だったらこの地を発展させよう。辺境でくすぶってると思ってる奴らに、逆に“優雅に幸せやってます”って叩きつけてやるんだ」


 フレデリカはしばし考え──やがてゆっくりと口を開いた。


「私は皇妃の器には足らなかった。そう判断された。それが“結論”だった。でも──」


 一度、言葉を切り、静かに続けた。


「政略家としての器なら、少しくらいはあるつもりよ。王家の式典、貴族間の駆け引き、宮廷派閥の人間関係……もう腐るほど見てきたわ。軍閥貴族の家系でもあるから、軍事の動きにも多少は明るい」


 俺は思わず、息を呑む。


 ──戦力、どころの話じゃない。


 本気でやれば、これは革命になる。


「……頼もしすぎるな」


「でも、条件があるわ」


「なんでも言ってくれ」


 フレデリカはわずかに身を乗り出す。


「私が力になる代わりに──あなたが“ただの理想家”じゃないってこと。ちゃんと証明して。覚悟のない男には、私は荷が重いと思うから」


 声音は冗談めいていたが、その瞳は真剣だった。


「了解。……せめて、美しい嫁に見限られないように努力するよ」


 肩をすくめながら言うと、フレデリカはふっと笑った。


「ふふ……しっかり頑張りなさい。私、手を抜く気はないから。それに──あなたと話していると、どうにも調子が狂うのよね。普段なら言わないことまで、言ってしまっている気がするわ」


 その笑みは、穏やかだった。けれど、その奥に宿る“牙”は、確かに存在していた。


 * * *


「……まず軽く聞きたいのだけれど」


 グラスをテーブルに戻しながら、フレデリカが静かに問いかける。


「あなた、今までこの領地でどんな改革をしてきたの?」


「んー、そうだな……まずは、ひたすら畑をいじってたかな」


「……畑?」


 意外そうに、彼女がわずかに眉を上げる。


「ああ。何よりもまず、“食べられること”が一番大事だと思ってさ。痩せた土地でも育つ作物を探して、試験栽培して、水路の引き直しや輪作の導入……とにかく地面と格闘してたよ。最初はスコップ片手にね」


「……地味だけど、堅実ね」


「だろ? 飢えをしのげなきゃ、発展も何もない。今じゃ小麦だけじゃなく、ライ麦や豆類、ハーブも育てられるようになった。あとは養蜂。良質なはちみつが取れるようになって、今じゃ村の特産品として売り出してる」


「なるほど……ここに来る途中、アレンカ畑を見かけたわ。整理された水路に、一面の藤色。正直、目を奪われた」


「それを聞けて嬉しいよ。あとは、自家製のハーブと油脂を使って、石鹸も作ってる。“レイフィールド産”って銘を打って、少しずつ王都にも出荷してるんだ」


「……それは結構有名になってたわよ。王都では貴婦人たちの間で“幻の逸品”って呼ばれてたわ。売り切れ続出、って噂もあった」


「何もないからこそ、何でも作るんだよ。なければ、生み出すしかない」


 ぽつりとこぼした言葉に、フレデリカの瞳がふっと細くなる。

 

 それは試すような色ではなく、純粋な関心と──かすかな敬意だった。


「……で。この先は? これからどうしたいの?」


「やりたいこと? 山ほどあるさ」


 苦笑しながらも、言葉の端々に熱がこもっていた。


「街の整備、上下水道、街道の舗装、物流の拠点づくり……教育や医療も整えたい。生活の土台を固めつつ、“稼げる仕組み”も作らないと。今はまだ、小さな成功例が点在してるだけで、村全体で見れば足りない」


「随分と、壮大な話じゃない」


「でも、それぐらいやらないと意味がない。……そして──」


 一拍おいて、俺は彼女に視線を向けた。


「ここからが、本題なんだけど」


「まだあるのね」


「君にどうしても聞きたいことがある。──“亜人”について、どう思う?」


 その瞬間、フレデリカの表情が揺れた。穏やかだった眼差しに、わずかに鋭さが差す。


「……亜人、ね。私は特に思うところはないわ。王都じゃ性奴隷のように扱われてるのを何度も見たけど……むしろ“趣味が悪い”と思ってたくらい」


「じゃあ、差別意識は?」


「……ないと思う。周囲に合わせていただけ。正直、興味がなかったの。──それが本音ね」


 その返答に、俺は心の中で小さく安堵した。


「なら、君を信じて話すよ。──俺が目指してるのは、“多種族国家”なんだ」


 沈黙。


 フレデリカはまばたきもせず、真っ直ぐこちらを見つめていた。

 やがて、表情を引き締める。


「……正気なの?」


「大真面目だよ」


 俺の言葉には、冗談の余地すらなかった。


「すぐに目をつけられるわ。これまで“異端”と呼ばれた者が、どうなったか知らないわけじゃないでしょ?」


「知ってる。けど──“亜人を差別しろ”なんて、どこにも書いてない」


 俺は静かに言葉を重ねる。


「宗教の経典にも、法律にも、明文は存在しない。勝手に王家がそういう空気を作って、皆が従ってるだけだ。なら、無視すればいい」


「……ルミナ教の教えにある“神の恩寵は知性ある者に等しく与えられる”って文言。あれを“人間限定”って解釈してるのが王都なのよ?」


「その解釈こそ、後付けの都合だろ。君も、そう思わないか?」


 言いながら、俺は彼女の目を見つめる。フレデリカはしばし黙り──やがて、わずかに表情を緩めた。


「……あなた、本当に貴族?」


「こんなど田舎の領主だからこそ、できるんだ。今は誰にも注目されてない。だからこそ、ここでなら──やれる」


「……で、なんのために?」


「簡単だよ。──その方が、圧倒的に発展が早いから」


 俺は言い切った。


「エルフの魔法、ドワーフの技術、獣人の体力と環境適応能力。彼らの力は、間違いなく“資源”だ。人間だけで国を作るより、はるかに効率的で、豊かになれる」


 しばし沈黙が続き──そして、フレデリカがふっと笑った。

 

 それは皮肉でも諦めでもない、ごく自然な笑みだった。


「……本当に、あなたって人は」


「やるなら、とことんやるつもりだよ」


「そう。なら──私もその“とことん”に付き合ってあげる」


 その声には、冗談めいた響きと共に、微かな覚悟が滲んでいた。


「どうせ私は追放された身。これ以上、地に落ちようがない。だったら──」


 彼女は、静かに言葉を継いだ。


「あなたが目指すその国のために、私の知識と経験を貸してみるのも悪くないわね」


「ありがとう!」


 我慢できずに、俺は彼女の手を取った。


「ちょっと……もう。調子が良すぎるんだから」


 言葉ではそう言いながらも、フレデリカの頬はわずかに赤らんでいた。


「実はさ、もう亜人の協力者がいるんだ。明日、紹介するよ」


「……あなたの資料に書いてあった亜人趣味って、そういう事だったのね」


 俺たちはふっと、肩の力を抜いて笑い合った。


 夜は更け、そして──未来が、すこしだけ明るく色づいた。


 * * *


「ありがとう。……今夜、ちゃんと話せてよかった」


 グラスをテーブルに戻しながら、俺は素直な気持ちを口にした。この夜が、ただの儀礼ではなく、本物の始まりになった気がしていた。


「“話すだけの初夜”なんて、前代未聞だけどね」


 フレデリカは軽く肩をすくめながらも、柔らかな笑みを浮かべる。


「──でも、悪くなかったわ。少なくとも、さっきまでの憂鬱は吹き飛んだみたい」


 ぽつりと、そんな言葉がこぼれる。しんと静まり返った部屋の中に、ふたり分の吐息が重なった。


 そして俺は、ふと小さく笑いながら言う。


「しばらくは……仮面夫婦ってことでいいかな」


「仮面夫婦?」


「うん。表向きは夫婦でも、実態は──領を発展させるための盟友。君となら、そういう関係の方がきっと上手くいく気がする」


 その提案に、フレデリカはふっと目を細める。


「ふふ。気の利いた言い回しね。……気に入ったわ。仮面夫婦で盟友。悪くない取り決めじゃない」


 そして、グラスに指をかけたまま、ふと呟く。


「……長い夜になったわね」


 その声音には、どこか満ち足りた余韻が漂っていた。

 

 そして──ふたりは、静かに微笑みを交わす。


 これが、俺とフレデリカにとっての“本当の出会い”だった。


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