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追放令嬢と異種族と、辺境領で理想の国づくりを始めました  作者: 冷凍食品
第1章「白銀のエルフと辺境の坊ちゃん」
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1話「冷めた土地に、火を灯す」

 ぱち、という小さな音が部屋に響いた。窓の隙間から朝の風が吹き込んで、書類の角をめくっていく。


 俺は木炭を指に挟みながら、羊皮紙の上に新しい線を引いた。ここを切って、ここを埋めて。水がこっちに流れて、畑ができて、村の保存庫がもう少し楽になる──そんな未来の絵を、地図に描いている。


 十歳の子供が朝から何してるんだ、って話だな。うん、自分でも思う。

 

 でもまあ、俺はちょっと事情が特殊で。なんたって“中身がオッサン”だ。


(……前世みたいに、“何もしなかった後悔”だけは、もう繰り返したくないんだ)


 俺の前世は、どこにでもいる冴えないサラリーマンだった。友人も恋人もいない。夢も目標もない。


 ただ、毎日を“流されるように”生きていただけ。


 でも、死ぬ間際になって気づいてしまったんだ。

 

 ――ああ、俺の人生、なんて空っぽだったんだって。


 そのむなしさが、どうしようもなく心にこびりついていた。だからこそ、転生した今――せめて、やれることは全部やろうと、もがいている。


 ここは、グランゼル聖王国の最南端──レイフィールド領。王都の地図の隅っこに小さく描かれた、貧しくて忘れられた“辺境”だ。


 でも俺にとっては、この土地こそ“希望の原石”だと思ってる。


 誰も期待していない。だからこそ、やりたい放題だ。これ以上に自由な環境は、そうそうない。


 そんな場所で、俺は“領主の息子”として生まれた。


「坊ちゃん、また書斎ですかぁ?」


 背後から間延びした声がして、俺は肩越しに目だけ向けた。使用人のミナだった。まだ若くて、ちょっと抜けたところのある娘さん。


「朝ごはん、そろそろですよー。ていうか、また変な線引いてるし。何の地図ですか、それ?」


「森の地形と水路の調整図。このあたりを段階的に畑に変えるつもり」


「……? ……はあ……」


 案の定、ぽかんとされた。俺は特に気にせず、くるくると木炭を回して地図を折りたたむ。


「食事の前にちょっと現場見てくる」


「ちょ、ちょっと待ってください! だ、だめです! 坊ちゃんが勝手に出歩いたらまた領主様に──」


「大丈夫、斧も持たないし、魔物が出たら逃げるさ。ただの視察だよ」


 にっこりと笑って返すと、ミナはますます困った顔になった。


 ──まあ、俺が変人扱いされるのも無理はない。


 十歳の子供が書斎にこもって書類を漁り、村の開拓状況を毎朝チェックしている。

 普通じゃない。うん、自覚はある。


(でもさ……普通のまま死んだ前世より、ずっとマシだ)


 誰も期待していない。誰も見向きもしない。みんなが諦めている辺境のど田舎。だからこそ、やりたい放題だ。これ以上に自由な環境は、そうそうない。


「……じゃ、行ってきます。すぐ戻るよ!」


 ミナの声を背に、俺は書斎を後にした。気温はやや低め。早朝の空気が頬に冷たい。


 でも、何か目的をもって行動するのは意外と悪くない。


 * * *


 外から戻った俺は朝食のため席に着いた。屋敷の食堂は、広いわりにやけに静かだ。

 

 テーブルも椅子も年季が入っていて、木目には薄くひび割れが走っている。でも、掃除は行き届いている。ミナたち使用人が頑張ってくれてるのがよくわかる。


「おはよう、ノエル」


「おはようございます、父上」


 食卓の奥、陽の差す窓際に父が座っていた。白髪交じりのひげ、深く落ちくぼんだ目元。痩せぎすな体に、くたびれた上着。

 

 ──レイフィールド領の現領主、アベル・レイフィールド。


 父は優しい人だ。怒鳴られたことは一度もないし、食事もよくこうして一緒にしてくれる。

 

 ただ、何というか……常に“諦めた空気”なんだよな。


「朝からまた、何か書いてたのか?」


「はい。食料をもっと増やしたいと思いまして、少しだけ」


「ふむ。……そうか。うん。よいことだ」


 それ以上、話が続くことはなかった。父はパンをちぎり、静かに口へ運ぶ。俺もスープをひと口飲む。温かい味だった。けど、それだけだ。


(この人は、もう心のどこかで折れてる)


 領地が貧しいのは、父のせいじゃない。

 

 王都の貴族連中が、最初から“この場所”を人間の住む土地扱いしていないだけだ。地図の端にあるだけで、“無能な辺境”と決めつけられ、送られてくるのは期限の切れた物資と、領民の生活を見下す監察官ばかり。支援の名のもとに届く書状は、命令と押しつけだけで、責任はすべてこっちに投げられる。国境沿いとはいえ、南側は深い森と山岳地帯であり、仮想敵国もいない。


『ど田舎の貧民は貧民らしく、そこに這いつくばっていろ』

 

 王都の連中にとって、きっとこの土地も、ここに生きる人たちにも価値のかけらも感じていないのだろう。


 父は、それを受け入れ、諦めて、ただ静かに耐えてきた。誰にも怒らず、誰も責めずに──まるで、もう何も期待していないかのように。


 ……責める気はない。前世の俺も、似たようなもんだったから。


 でも──今回の俺は、そうはなりたくない。


 王都の貴族どもに笑われようと、バカにされようと、“この辺境を見下したことを後悔させる”くらいの未来を、俺は絶対に作ってやる。


「今日は森に行ってきます。伐採地の確認と、水路の現地調査を兼ねて」


「……気をつけろよ。森はまだ魔物も出る。あまり深入りはするな」


「はい。多少は自衛も覚えてきましたから」


 そこまで言うと、父はようやく、少しだけ微笑んだ。その笑顔が、妙に寂しそうに見えたのは……気のせいじゃない気がした。


「ノエル。無理は、するなよ。お前は、まだ子供なんだから」


「……はい」


 そう答えたけど、俺の精神年齢は前世を含めるともう“大人”だ。父からの助言を聞き流しながら、俺は席を立った。


 * * *

 

 森に着くと、足元からぐちゅ、と濡れた音がした。昨日の雨でぬかるんだ土を踏みながら、俺は開拓地の中へ歩を進める。


 「お、坊ちゃんのお出ましか」

 

 「今日も視察かー。真面目だねぇ」


 作業中の木こりたちが、ひやかし混じりに声をかけてくる。俺はもう慣れっこだ。変人扱いされるのはいつものこと。


 でも、いいんだ。“使える変人”と思ってもらえてるだけで、十分。


「南の斜面は、今日は後回しにして。ぬかるんでるから」

 

「あと、枝葉の山、詰めすぎ。通気悪いと中で腐るよ」


 ぽかんとした顔が並ぶ。でも、すぐに動いてくれる。この領地で、給金の出る仕事なんてほとんどないからな。


「……坊ちゃん、なんでそんなに必死なんすか?」


 若い木こりが、ふいにまじめな顔で聞いてきた。俺は一瞬だけ考えて、笑って答える。


「火をつけたいんだよ。この冷え切った領地に、もう一度“あったかいもの”を灯したいだけ」


「……変わってんな、坊ちゃん」


 それが褒め言葉に聞こえた。


 * * *

 

 木こりたちに後を任せて、屋敷に戻った俺は、人気のない廊下を抜けて物置部屋へと足を踏み入れた。棚の奥にある古い仕切り板を横にずらすと、ぎぃ、と湿った音を立てて地下への階段が現れる。


 レイフィールド家の地下倉庫。

 

 昔は戦時用の避難スペースだったらしいけど、今は誰も使っていない。灯りもなく、壁には湿気と埃の匂いが染みついてる。


 ランタンに火を灯して階段を降りると、石床がひんやりと足を包んだ。この空気の重さ、嫌いじゃない。なにせ、ここだけは誰にも邪魔されないから。


「……一人で使うには少し広いけどな」


 ぽつりと独り言が漏れる。


 棚や木箱が放置された空間の隅に、簡易の作業机を置いてある。その上には、羊皮紙に描いた魔法式の見本と、初心者用の魔道具。

 

 そして、床の焦げ跡。


「昨日は風魔法で式がズレたんだったな」


 俺は腰を下ろし、魔道具を軽く前にかざす。集中。魔力の流れに意識を向ける。


(魔法は才能、らしいけど……)


 自分でもよくわからないけど、魔力量だけはある。

 

 というか、文献の記述と比較すると、ちょっと信じられないくらいあるようだ。コツコツ練習してきたおかげなのか、生まれつきなのか。とにかく、量だけは十分すぎるほどだ。


 でも──うまくいかない。毎回ちょっとしたズレで、術式が暴れる。魔力が“言うことを聞かない”感じ。


「……いけるか?」


 ごく短い詠唱とともに、もう一度術式を展開。魔力を抑えながら、慎重に流し込む。空気がピリ、と震え──


「っ……!」


 術式が弾けた。直後、風がばさりと巻き起こり、書類が宙に舞った。


「……うーん、またちょっと強すぎたか」


 魔力はある。でも、制御が甘い。


 直接身に纏う身体強化や魔力をそのまま放出することは出来るのだが、術式で制御してとなるとご覧のありさまだ。

 

 ……今のままでもごり押し戦法なら戦えそうだが。


「せめて先生でもいればなあ……」


 そんな愚痴を言いながら舞い落ちた紙を拾い集める。ふと壁際にちらっと視線をやると、古い棚と木箱の隙間に、ぽっかり空いたスペースがあった。


「……ここ、掃除すればもうちょい使えそうなだな」


 誰に言うでもなく、そんなことをつぶやいた。物が多くて無駄も多い。今度、ちゃんと整理してみようかな。

 

 * * *

 

 再び森へ戻ったのは、夕方が近づく頃だった。

 

 空に太陽はまだ残っているものの、木々に囲まれた森の中はすでに昼の明るさを失い始めていた。葉の隙間から差し込む光は鈍く、地面に落ちる影がじわじわと伸びていく。


 俺は木こりたちの作業場を通り過ぎ、さらに奥へと足を踏み入れた。ここはまだ手つかずの区域。開拓予定地の外側、地図でも“保留”とされている場所だ。


 だが、いずれ手を入れる可能性がある以上、今のうちから目をつけておきたかった。


 踏み跡のない茂みに、靴の先がずぶりと沈む。湿った空気と草の匂いが、じわじわと肌にまとわりついてきた。枯れ枝が折れる音だけが耳に残る中、俺は一歩ずつ前へ進む。


(……やっぱり、このあたりも悪くないな。将来的には、十分開拓対象になる)


 傾斜は緩く、日当たりも悪くない。水源にもそこまで遠くない。あとは土壌の質だけだ。それも、何ヶ所か掘ってみれば分かる。


 まずは食料の安定供給。それから人材の確保。余裕ができたら、観光資源や特産品なんかも育ててみたい。

 

 ──そんなふうに、頭の中で未来の地図を描いていると、不意に足が止まった。


 何かが、変だ。


 空気に違和感があった。

 

 風が止まったわけじゃない。でも、耳が妙に静かだった。鳥の声も虫の音も、さっきより少ないような──そんな気がする。


「……?」


 気のせいかもしれない。でも、感覚のどこかがざわついていた。


 魔物の気配とか、そういうはっきりした“危険”じゃない。ただ、“知らない何か”がこの森にあるような──そんな感じ。


 俺は辺りを見回した。けど、何かが動いたわけでもないし、音がしたわけでもない。


 少しだけ肩の力を抜いて、深呼吸する。


 ……気のせいか。


 まあ、念のため、明日にでももう1回調査してみるか。そんなことを思いながら、俺は帰路についた。

お読みいただき、本当にありがとうございます。

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