完璧な崩壊、そして「抹殺」の宣言
ことねは、客を席に案内しているところだった。彼女は、慣れた手つきでメニューを渡し、笑顔で対応している。その笑顔は、普段の厳格な風紀委員長の顔からは想像もできないほど、柔らかく、そしてどこかぎこちない、作り物めいたものだった。
ユウトは、その完璧な「御影委員長」の裏側で、彼女がメイド服を着て働いているという事実を、どうしても信じられずにいた。あの厳格な風紀委員長が、フリルのついたメイド服を着て、「ご主人様」などと言っている姿を想像するだけでも、脳がバグりそうになる。
「いらっしゃいませ、ご主人様!当店のスペシャルケーキはいかがですか?」 ことねの声が、少しだけ高めに響く。その声も、普段の委員長の声とは微妙に違って聞こえた。 ユウトは、動けないまま、呆然とその光景を見つめていた。まるで、普段見慣れた風景の中に、突然異物が混入したかのような違和感。しかし、それは紛れもない現実だった。
ちょうどその時、ことねが客を席に案内し終え、店内から少しだけ視線を外へ向けた。 その視線が、店の外で立ち尽くしているユウトの姿を捉えた。
彼女の顔から、一瞬にして笑顔が消え去った。 瞳が大きく見開かれ、信じられないものを見たかのように、カッと見開かれた。 「……月城、くん……?」 彼女の口から、か細い声が漏れた。 ユウトは、隠れる間もなく、ことねと完全に目が合ってしまった。 彼女の表情は、完璧な風紀委員長の仮面が剥がれ落ちた、絶望と動揺、そして怒りが混じり合ったような、複雑なものだった。
ことねは、一歩、また一歩と、ユウトの方へ歩み寄ってきた。その足取りは、まるで何かを威嚇する獣のようでもあった。 そして、店の外に出てきた彼女は、周囲に人がいないことを確認すると、ユウトの目の前でピタリと止まった。 彼女の眼差しは、鋭く、そして冷徹だった。それは、校則違反者を見つけた風紀委員長の、いつもの、しかし何倍も強烈な視線だった。
「……見たな」 彼女の声は、低く、そして殺意すら込められているかのように響いた。 ユウトは、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「これは……」 ことねは、ユウトの目を見据え、一呼吸置いた。その表情は、普段の彼女からは想像もできないほど、感情が剥き出しになっていた。 そして、彼女は、まるで言い聞かせるかのように、しかしその言葉には確かな重みがあった。
「……抹殺するしか……ないようですね」
ユウトの全身に、戦慄が走った。 しかし、次の瞬間、ことねの表情が、一瞬にして崩れた。 彼女は、まるで緊張の糸が切れたかのように、両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。 そして、その手から漏れ出る声は、先ほどの「抹殺」宣言とは裏腹に、震え、そして悲痛な懇願に満ちていた。
「う、嘘です……っ! お願い、月城くん、秘密にして……!」
メイド服の袖から、彼女の白い指が震えているのが見えた。完璧な風紀委員長の仮面が剥がれ落ち、そこには、自身の秘密がバレてしまったことで、今にも泣き出しそうな、一人の少女の姿があった。 彼女のプライド、そして何よりも、妹のために必死に築き上げてきた彼女の努力の全てが、今、ユウトの目の前で、音を立てて崩れ落ちたのだ。
ユウトは、メイド服姿でうずくまる御影ことねの姿を見つめ、思わず息を呑んだ。 そして、彼の心に、また一つ、誰にも知られてはならない「秘密」が刻まれた瞬間だった。