桜井ゆづき:神秘のベールと、傷つきやすい魂
桜井ゆづきにとって、「神秘のベール」は、過去の傷を隠し、平穏な日常を守るための唯一の手段だった。しかし、その裏で、彼女は誰にも言えない元天才子役アイドルとしての過去と、それにまつわるスキャンダルという秘密を抱えていた。それは、彼女の心に深く刻まれた、最も癒えない傷だった。もし、その秘密がバレれば、彼女は再び世間の目に晒され、平穏な日常は二度と手に入らなくなるかもしれない。週刊誌のスキャンダル報道は、その恐怖を彼女にまざまざと突きつけた。
あの時、再び過去の悪夢に引きずり込まれそうになり、絶望に打ちひしがれていたゆづきの前に、ユウトが必死に駆け寄ってくれた。そして、他のヒロインたちが、彼女の秘密を守るために行動してくれた。その瞬間、ゆづきの心に、これまで一人で抱え込んできた孤独が、少しだけ和らいだのを感じた。
危機が去った後、ユウトが「無理しないでください、桜井さん」と心配そうに声をかけてきた時、ゆづきの胸は、これまでにないほど温かい感情で満たされた。 「月城くん……ありがとう……」 彼女は、普段の少ない言葉で、しかしその声には深い感謝が込められていた。
ユウトは、何も言わずに、ただ静かにゆづきの隣に座っていた。その温かい眼差しに、ゆづきの心のベールは、少しずつ剥がれていくようだった。 (もし、あのスキャンダルが完全に暴かれて、私の全てが世間に晒されてしまったとしても……) ゆづきは、目を閉じて考えた。世間の人々が、彼女を好奇の目で見て、過去の傷を抉るかもしれない。長年築き上げてきた「普通の女の子」としての日常が、一瞬にして消え去るかもしれない。 しかし、その想像の先に、ユウトの顔が浮かんだ。彼は、彼女の過去を知り、その孤独に寄り添い、彼女の平穏な日常を「守る」と誓ってくれた。彼女の秘密を、彼は温かく受け入れてくれた。
「月城くん……」 ゆづきは、ユウトの服の袖を、そっと掴んだ。ユウトは、驚いたようにゆづきを見た。 「私ね……あの時、思ったの。たとえ、この秘密がバレて、私の平穏な日常が壊れても、月城くんだけは、私をありのまま受け入れてくれるはずだって」 彼女の言葉は、普段の神秘的な雰囲気とは異なり、弱々しく、しかし真剣な響きを帯びていた。 「自分の秘密がバレてもいいと思えるくらい……私、月城くんのことが……好きになったみたい」 彼女は、神秘のベールではなく、傷つきやすい魂そのままの、真摯な愛情を込めた、素の表情でそう告げた。 この瞬間、ゆづきの心は、「過去の亡霊」から解放された。彼女は、ユウトという存在を通して、自分自身の価値は、誰かの期待に応える「完璧さ」や、過去の栄光にあるのではなく、ありのままの自分を受け入れてくれる人にこそあることを知ったのだ。そして、その覚悟が、彼女を真の愛へと導いた。




