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僕だけが知っている、彼女たちのヒミツ  作者: すぎやま よういち
秘密の共有と信頼関係の構築
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完璧な風紀委員長、御影ことねの日常

県立星見高校の生徒にとって、御影ことねは「歩く風紀」だった。 彼女は生徒会の風紀委員長を務めており、その立ち居振る舞いは常に模範的で、寸分の乱れもなかった。長い黒髪はきちんとまとめられ、制服は隙なく着こなし、その眼差しは鋭く、校則違反を見逃すことは決してなかった。遅刻者には容赦なく指導し、スカート丈が短すぎる女子生徒や、だらしなくシャツを着崩す男子生徒には、容赦ない視線と冷静な注意が飛んだ。

生徒たちは彼女を畏れ、同時に尊敬していた。「御影委員長がいるから、星見高校の規律は保たれている」と誰もが口を揃えた。彼女はまさに「完璧な風紀委員長」であり、私生活においても厳格な生活を送っているのだろうと、皆が信じて疑わなかった。彼女の辞書に「息抜き」や「遊び」といった言葉はない、と。

しかし、その完璧な「風紀委員長」の裏側で、ことねの胸中には、誰にも、特に学校の生徒には知られてはならない「秘密の重荷」が隠されていた。それは、彼女の厳格な表の顔からは想像もできない、切実で、そしてどこか可愛らしい「日常」だった。

放課後、ことねは生徒会室で書類の整理を終えたばかりだった。机上には、その日の風紀巡回報告書と、来週の全校集会の議題案。全てに目を通し、完璧にファイリングしていく。 「御影委員長、お疲れ様です。もう上がるんですか?」 生徒会書記の男子生徒が声をかけた。 「ええ。今日の業務はこれで終わりです。明日の朝礼での報告事項も確認しましたから、後は皆さんで」 ことねは、椅子から立ち上がりながら、完璧な笑顔を浮かべた。その笑みは、いつも通りの、誰にも隙を見せないものだった。 しかし、彼女の心の中では、ある「時間」への焦りが募っていた。

生徒会室を出たことねは、誰にも気づかれないよう、早足で校舎の裏手へと向かった。彼女が目指すのは、駅前の繁華街。そこにある一軒のカフェが、彼女の「秘密の場所」だった。 他の生徒たちは、それぞれ部活動に励んでいたり、友人たちと下校したりしている。運動部の生徒たちが校庭で汗を流す声、文化部の生徒たちが音楽室や美術室から漏らす音。それらの喧騒を背に、ことねは、誰にも気づかれぬよう、素早く学校を後にした。

彼女は、生徒たちに紛れてバスに乗るわけにはいかなかった。もし、制服姿のままで、これから向かう場所へ行くところを見られでもしたら、全てが終わる。だから、彼女はいつも、校舎の裏から裏通りを抜けて、最寄りの駅から少し離れたバス停まで歩くことにしていた。 バスに乗り込み、数駅離れた駅前で降りると、そこはもう、学生街とはかけ離れた、大人びた繁華街だった。ネオンの看板が輝き始め、様々な飲食店がひしめき合っている。この街並みの中に、彼女の「秘密の職場」はあった。

ことねが向かうのは、「Fairy’s Gardenフェアリーズガーデン」という名のコンセプトカフェだった。可愛らしい内装で、妖精や天使をモチーフにしたメイド服の店員が働く、アットホームな雰囲気の店だ。 なぜ、あの完璧な風紀委員長が、メイドカフェで働いているのか? それは、彼女の家族の事情によるものだった。ことねには、難病を抱える幼い妹がいた。妹の治療費や、両親の負担を少しでも減らすため、ことねは自らアルバイトをすることを決意したのだ。しかし、一般的な飲食店やコンビニでは、高校生のアルバイトでは十分な収入が得られない。そこで、時給が良く、かつシフトの融通が利くこのメイドカフェを選んだのだった。

「ごめんくださいませ、ご主人様!お帰りなさいませ、お嬢様!」 店員は皆、メイド服を着用し、客を「ご主人様」「お嬢様」と呼ぶ。 ことねは、この店で働くことを、誰にも、特に学校の生徒や教師には絶対に知られてはならないと心に決めていた。もしバレれば、風紀委員長としての信頼は失墜し、退学処分にすらなりかねない。だから、彼女は常に細心の注意を払い、完璧なメイドと完璧な風紀委員長、二つの顔を使い分けていた。 「今日も頑張ろう……妹のために」 カフェの入り口に立つと、ことねは一度、深呼吸をした。そして、いつもの厳しい表情を消し、優しい、しかしどこか作り物のような笑顔を浮かべて、店のドアを開けた。


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