表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕だけが知っている、彼女たちのヒミツ  作者: すぎやま よういち
秘密の共有と信頼関係の構築
6/90

拾われたUSBメモリと、禁断のタイトル

ユウトが数学の棚の前の通路を歩いていると、彼の足元に、何かが転がっているのが見えた。 それは、一見するとただの小さな黒い物体だった。しかし、ユウトの観察眼は、それが単なるゴミではないことを瞬時に見抜いた。表面は滑らかで、金属製の端子が覗いている。明らかに、USBメモリだった。

「誰かの忘れ物かな?」 ユウトは屈み込み、それを拾い上げた。指先で挟むと、ひんやりとした感触がした。 彼の視線は、周囲をゆっくりと巡った。誰かが慌てて立ち去った様子もない。近くの閲覧席に目をやると、数人の生徒がまだ勉強している。しかし、その中に、焦った様子で何かを探しているような生徒は見当たらない。

「落とし物だな……」 ユウトは、一度拾ったものは持ち主の元へ返すのが筋だと考えていた。しかし、この場に持ち主らしき人物がいない。 ふと、USBメモリの表面に、小さなシールが貼られていることに気づいた。白いシールに、手書きで何か文字が書かれている。 目を凝らすと、そこには可愛らしい猫のイラストと共に、「恋猫ふぉれすと」という、どこか見覚えのあるような、ないような文字列が書かれていた。

「恋猫……ふぉれすと?」 ユウトは首を傾げた。奇妙なペンネームのようなものだが、誰かの個人的なものだろう。中身を確認すれば、持ち主のヒントが見つかるかもしれない。 彼は、近くにあった誰も使っていない閲覧席に座り、持っていた自分のノートパソコンを取り出した。普段、他人の私物を覗くことはしないユウトだが、これは落とし物を持ち主へ返すための、やむを得ない確認だと思ったのだ。

USBメモリをノートパソコンのポートに差し込む。画面に自動再生のポップアップが表示された。 「『恋猫ふぉれすと』……USBか」 クリックすると、中にいくつかのファイルが表示された。その中で、一際目を引くファイルがあった。 それは、数日前に更新されたばかりらしい、最新のファイル。 ファイル名:「君と僕の秘密の恋〜図書館の午後と制服の甘い香り〜.doc」

ユウトの眉がピクリと動いた。 「……恋愛小説?」 彼は戸惑いながらも、そのファイルをクリックした。 すると、画面いっぱいに広がる文字の羅列。それは、紛れもない恋愛小説の原稿だった。

読み進めていくうちに、ユウトの顔には徐々に、困惑の色が浮かんでいった。 「高校生同士の、秘密の恋……」 書かれている内容は、非常に描写が細かく、登場人物たちの心の揺れや感情が丁寧に描かれていた。そして、何よりも、その甘く、時に「ちょっとエッチ」な表現に、ユウトは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。 「これは……」 図書室に響く、他の生徒たちの囁き声や、本のページをめくる音。それらが遠のき、ユウトの意識は、画面の中の「秘密の恋」に引き込まれていった。 まさか、こんな小説が、この学園の誰かの手によって書かれているとは。

さらに読み進めようとした、その時だった。 背後から、静かな、しかし有無を言わせぬような声が聞こえた。 「月城くん、何を読んでいるの?」

ユウトは、ゾクリと背筋が凍りつくのを感じた。 その声は、学年トップの才女、一ノ瀬すみれの声だった。 顔を上げると、そこに立っていたのは、いつもの完璧な知的な微笑みを浮かべたすみれだった。しかし、その瞳の奥には、彼が読んでいる画面の文字を捉え、そして急速に広がる動揺と、言いようのない焦りが宿っていた。 彼女の視線は、ユウトのノートパソコンの画面に釘付けだった。画面には、先ほど開いたばかりのファイル名と、その冒頭部分がはっきりと映し出されている。

「君と僕の秘密の恋〜図書館の午後と制服の甘い香り〜」 そして、その下には、小説の冒頭の一文。 『彼と私の視線が絡んだ瞬間、背徳の甘い香りが、密やかな図書館の片隅に満ちた──』

すみれの顔から、血の気が引いていくのが分かった。 ユウトの脳裏には、先ほどUSBメモリを拾った場所から、彼女が座っていた席までの動線が、まるでスローモーションのように再生された。 そうか、彼女が、この「恋猫ふぉれすと」の正体なのか。 そして、この「ちょっとエッチ」な恋愛小説の作者……。

「ま、まさか……」 すみれの口から、絞り出すような声が漏れた。 彼女は、ユウトのパソコンに刺さった自分のUSBメモリを見て、全身を震わせた。そして、普段の冷静沈着な姿からは想像もできないほど、慌てふためいた表情で、ユウトの手からUSBメモリを奪い取った。 「月城くん、これ、見たの……?どこまで……?」 その声は、絶望と恐怖に満ちていた。 そして、彼女はユウトに顔を向け、震える唇で、絞り出すように訴えた。

「絶対にバレたくない!っていうか、私、書いてる内容が……ちょっと、えっち……!」

完璧な才女、一ノ瀬すみれの、誰にも知られてはならない秘密が、今、月城ユウトの目の前で、赤裸々に暴かれた瞬間だった。 図書室の静寂が、二人の間に、重く、そして甘美な緊張感をもたらしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ