一ノ瀬すみれ：理性的な探求心と焦燥
一ノ瀬すみれは、ユウトに「エッチな小説」という秘密を知られ、それを真摯に評価してくれたことで、作家としての自分も、女性としての自分も認められた喜びを感じた。彼女にとってユウトは、自身の理性と感情の間に橋を架けてくれた、唯一無二の存在だった。その喜びは、知的な探求心と共に、甘い恋心へと変わっていった。
しかし、ユウトが他のヒロインたちとも言葉を交わしているのを目にするたび、すみれの心には、分析的な探求心と共に微かな焦燥が生まれた。特に、七瀬みことや桜井ゆづきと、ユウトが穏やかに会話しているのを見ると、彼女の思考は、彼らの関係性の「本質」を探ろうと動き出した。 （七瀬さんと月城くんは、一体何を話しているのだろう。あの二人の間に、どのような秘密が共有されているのか……）
ある日の放課後。すみれは図書室で、ユウトが何かを調べているのを目撃した。彼は、熱心に書棚から本を取り出し、内容を吟味している。その時、桜井ゆづきが、そっとユウトの隣に座り、彼が調べているものについて、何事か囁きかけるように話しているのが見えた。ゆづきの表情は、普段の神秘的な雰囲気を打ち破るかのように、穏やかで親しげだった。 （桜井さんまで……月城くんと、あんなに親しげに……） すみれの理性的な思考の裏で、微かな焦燥が芽生えた。ユウトは、自分の作品を理解してくれた唯一の存在。だからこそ、彼が自分にとっての「理解者」であるように、他の誰かにとっての「理解者」になるのは看過できない、と無意識のうちに感じていた。
その日の夜、すみれはユウトにメッセージを送った。 「月城くん、今週の金曜日、図書室で少し時間をいただけますか？執筆について、相談したいことがありまして」 それは、あくまで「執筆の相談」という名目だったが、彼女の本当の目的は、ユウトを独り占めする時間を確保し、彼との作家としての絆を深めることだった。 翌日、ユウトが応じてくれた図書室での時間。すみれは、普段は誰にも見せない未完成の原稿の一部をユウトに見せ、彼の反応を注意深く観察した。 「この描写について、月城くんの意見を聞きたいのですが。他の読者とは異なる視点からの意見も、私にとっては重要なデータになる」 彼女は、あくまで冷静に、しかし言葉の端々に、ユウトへの特別な信頼を込めた。 ユウトは、真剣な表情で原稿を読み込み、具体的な感想を述べてくれた。その言葉の一つ一つが、彼女にとって何よりも心強いものだった。 「月城くんは、本当に私の作品を深く理解してくれているわ。他の誰にも、ここまで理解できる人間はいないでしょう」 彼女は、他の生徒たちとは異なる、ユウトとの「知的な共感」を強調し、その絆の唯一無二性を暗に伝えた。
他のヒロインと廊下で会うと、すみれは普段通り「ごきげんよう」と知的に挨拶を交わす。しかし、その瞳の奥には、ユウトを巡る微かな探り合いが含まれている。 （あのメイドカフェの御影委員長と、あの完璧な七瀬さんが、月城くんとどんな秘密を共有しているのか……） 理性的な才女の仮面の下で、すみれの心は、ユウトを巡る複雑な感情に揺れていた。
