安らぎと庇護を求める心
その日から、ゆづきのユウトに対する態度は、明確に変化していった。 彼女は、校内でユウトを見かけると、以前のような警戒心ではなく、どこか安心したように、僅かに、しかし温かい視線を向けるようになった。ユウトもまた、彼女のその変化に気づき、静かに、しかし温かく見守るようになった。
ある日の放課後、ゆづきは自宅の庭から続く路地裏で、いつもの三毛猫に餌を与えていた。すると、後ろから声をかけられた。 「桜井さん、今日の猫は、随分と懐いてますね」 振り返ると、ユウトが立っていた。彼は、たまたまその道を通ったようだった。 「ええ……この子は、私の、唯一の友達だから」 彼女は、そう言って、少しだけはにかんだ。その言葉は、彼女の普段の寡黙な態度からは想像もできないほど、率直で、そして素直なものだった。
ユウトは、何も言わず、ただ静かに彼女の横に座った。 「桜井さんも、この猫も、どこか似ている気がします。人には懐かないけど、本当は優しい」 ユウトの言葉に、ゆづきの心臓が少し跳ねた。彼は、彼女が「人には懐かない」ように見せかけていること、そして、その内側に隠された「優しさ」までも見抜いているようだった。
「桜井さんが、これからも安心して、ここで過ごせるように。僕にできることは、何でも言ってください」 ユウトが、優しく、しかし確かな声で言った。 その言葉に、ゆづきの目から、じんわりと涙がこぼれ落ちた。 他の生徒が、彼女の「神秘的な転校生」という表面的な姿しか見ない中で、ユウトは、彼女の「芸能界の孤独」という過去、そして「普通の女の子になりたい」という切実な願いを、ありのままに受け入れてくれたのだ。 それは、これまで誰にもされたことのない、深い受容と、そして確かな「庇護」の言葉だった。
彼の隣にいると、心が解放されるような感覚があった。 彼と話していると、普段は張り詰めている感情の糸が、少しだけ緩むのを感じた。 それは、これまで誰に対しても感じたことのない、特別な感情だった。 (この人になら……私の、一番弱い部分を見せてもいいのかもしれない) (この人になら……私が、どんなに過去を隠していても、本当の私を受け止めてくれる)
完璧な自分を演じる息苦しさから解放され、過去の傷も、今の願いも、全てを理解し、受け止めてくれる相手。 ユウトの存在は、ゆづきにとって、まるで凍てついた心を温める、優しい陽だまりのようだった。 そして、その温かさに触れるたび、彼女の心の中で、これまで知らなかった、甘く、優しい感情が芽生え始めているのを、彼女ははっきりと自覚し始めていた。
それは、恋心だった。 孤独を知る自分と同じ「秘密を抱える者」としての深い共感、そして何よりも、自分を優しく庇護してくれる彼への、初めての、そして確かな恋心。 ゆづきは、静かにユウトの横顔を見つめながら、その新たな感情を、そっと胸に抱きしめた。 それは、彼女の「秘密」の扉を開いたことで、ユウトが彼女に贈ってくれた、新たな世界への扉でもあった。