ユウトとの対比、そして「秘密を抱える者」としての共感
ユウトに秘密を知られてから数日。ゆづきは、登下校中や廊下でユウトとすれ違うたびに、自分の過去が彼の頭の中をよぎっているのではないかと、不安を感じていた。彼の視線が、まるで「天才子役アイドル」だった自分を見透かしているかのように感じられ、心がざわつくのを感じた。
他の生徒たちは、相変わらず彼女を「謎の転校生」として見ていた。 「桜井さんって、本当に綺麗だよね。でも、何を考えてるのか分からない」 「あまり話さないし、ちょっと近寄りがたいかな」 「もしかして、都会のお嬢様で、ちょっと高飛車なのかな」 そんな言葉が、彼女の耳に届くたび、ゆづきは曖昧な微笑みを浮かべながらも、心の奥で重苦しいものを感じていた。彼らは、彼女の「完璧な容姿」だけを見て、その裏にある過去の傷や、今の平穏な生活への切なる願いには、全く気づいていなかった。
ある日の放課後、ゆづきはいつものように、人目を避けるように校舎の裏手にある誰も使わない階段を降りていた。その階段の踊り場で、ユウトが座って、静かに空を見上げている姿を見かけた。彼の横顔は、いつもと変わらない、しかしどこか物憂げな雰囲気を纏っていた。
ゆづきは、一瞬立ち止まった。彼に声をかけるべきか、それともこのまま通り過ぎるべきか。しかし、あの路地裏での出来事を思い出すと、どうしても彼と話したいという気持ちが湧き上がってきた。 「……月城くん」 ゆづきは、意を決して声をかけた。 ユウトは、顔を上げ、驚いたようにゆづきを見た。 「桜井さん。お疲れ様です」 彼の声は穏やかで、その眼差しは真剣だった。
ゆづきは、周囲に人影がないことを確認するように一度見回すと、声を潜めて言った。 「先日、路地裏で会ったことについて……君は、なぜ、あんな危険なことをしたの?」 彼女の言葉は、率直で、しかしその裏には、ユウトへの感謝と、理由を知りたいという切実な思いが込められていた。
ユウトは、ゆづきの言葉に、少しだけ視線を泳がせた。しかし、すぐに彼女の目を見据え、正直に答えた。 「僕は、桜井さんが、誰にもバレたくない秘密を抱えているのが分かったからです」 その言葉に、ゆづきの瞳が大きく見開かれた。 「それに、あの男は、桜井さんの大切な『過去』を、無理やり暴こうとしていました。それは、僕には、すごく酷いことのように思えて……だから、止めなければいけないと、思いました」 彼の言葉は、あまりにも真っ直ぐで、そして彼女の状況に深く寄り添おうとするものだった。
「桜井さんは、学校では誰にも話さないけど、僕は、桜井さんが今の平穏な生活を、誰よりも大切にしているのが分かります。僕は、桜井さんが、あの華やかな世界で、どんなに孤独だったか、少しだけ理解できる気がします」 ユウトの言葉は、ゆづきの心の奥深くに、深く、そして温かく響いた。他の生徒が彼女の「謎めいた転校生」という表面的な部分しか見ない中で、ユウトは、彼女の「過去の孤独」と、そこから逃れて「普通になりたい」という切なる願いを、真正面から受け止めてくれたのだ。
「私……このことを、誰にも知られたくない。二度と、あの場所には戻りたくないの……」 彼女は、そう言って、固く閉ざしていた心の扉を、微かに開いた。 ユウトは、真っ直ぐに彼女の目を見つめ、深く頷いた。 「分かります。僕が、絶対にこの秘密を守ります。誰にも言いません。もし、また何かあったら、僕にできることなら、いつでも力になります」 彼の言葉には、一点の曇りもなかった。それは、彼女の孤独な心に、温かい光を灯すような、力強い響きを持っていた。




