天才子役の光と影
月城ユウトに自身の秘密──謎の転校生という神秘的なベールに隠された、かつての「天才子役アイドル」という真実──を知られて以来、桜井ゆづきの心は、これまでの人生で感じたことのないほど、深く、そして温かく揺れ動いていた。
最初は絶望だった。芸能界という華やかな世界の裏で味わった孤独と苦しみから逃れ、ようやく手に入れた「普通の女の子」としての平穏。それが、一介のクラスメイトによって、再び白日の下に晒されそうになったのだ。もしこの事実が露呈すれば、彼女が築き上げてきた全ての安穏な日常が、音を立てて崩れ去るだろう。しかし、ユウトは彼女の秘密を嘲笑うどころか、その背景にある過去の傷を「知っている」と言い、彼女の「普通になりたい」という願いを「守る」と評してくれた。その誠実さと、彼女の真の願いに対する真摯な眼差しは、ゆづきの胸の奥深くに、これまで感じたことのない、深く温かい感情を灯し始めた。
桜井ゆづきは、幼い頃からその並外れた才能と愛らしい容姿で、周囲の注目を集めてきた。3歳で子役デビューを果たすと、瞬く間に「天才子役」として脚光を浴びた。ドラマ、CM、歌番組。彼女は、連日多忙なスケジュールをこなし、常にスポットライトの中心にいた。どこに行っても「桜井夢月ちゃんだ!」と騒がれ、プライベートは皆無に等しかった。
しかし、その華やかな世界の裏側で、幼いゆづきは深い孤独を感じていた。 共演する大人たちは、彼女を「商品」としてしか見ておらず、真に心を許せる存在はいなかった。学校に通っても、周囲の子供たちは彼女を「特別な子」として遠巻きに見ており、対等な関係を築くことはできなかった。常に笑顔でいなければならないプレッシャー、大人たちの思惑、そして「完璧なアイドル」を演じ続けなければならない重圧が、幼い彼女の心を蝕んでいった。
彼女は、心の底から「普通の女の子」になりたかった。友達と他愛ないおしゃべりをして笑い、放課後には寄り道をして、誰も自分を知らない場所で、静かに暮らしたかった。そして、誰にも知られない、自分だけの時間を持ちたかった。 「もう、やめたい……」 限界に達したゆづきは、両親に懇願し、芸能界を引退した。そして、誰も自分を知らない場所、つまりユウトの家の近くの静かな住宅街にある古民家へと引っ越し、星見高校に転校してきたのだ。
彼女は、この「元アイドル」という秘密を、誰にも、特に学校の生徒には絶対に知られてはならないと心に決めていた。もしバレれば、せっかく手に入れた平穏な日常が、再びパパラッチや週刊誌、そして好奇の目に晒されることになるだろう。二度と、あの孤独な世界に戻りたくなかった。だから、彼女は常に目立たぬよう、言葉数も少なく、そして人との間に一線を引くように生活していた。まるで、透明なベールをまとっているかのように。




