素顔の解放と、対等な関係の萌芽
その日から、レイカのユウトに対する態度は、明確に変化していった。 彼女は、校内でユウトを見かけると、以前のような高飛車な態度ではなく、どこか安心したように、僅かに、しかし温かい視線を向けるようになった。ユウトもまた、彼女のその変化に気づき、静かに、しかし温かく見守るようになった。
ある日の放課後、レイカは自宅近くのバス停でバスを待っていた。いつものように、人通りの少ない裏通りを選んで歩いてきたのだ。すると、後ろから声をかけられた。 「花園さん、偶然ですね」 振り返ると、ユウトが立っていた。彼は、たまたまその道を通ったようだった。 「ええ、そうね……」 普段なら、彼と二人きりになることなど考えられない。しかし、今日は不思議と、彼の存在が安堵をもたらした。
「このバス停、少し遠いですよね。花園さんのお家も、この辺りなんですか?」 ユウトの言葉に、レイカの心臓が少し跳ねた。彼女の本当の住まいが、この庶民的な住宅街にあることを、彼は知っている。 「え、ええ……少しばかり、ね」 彼女は、つい普段のお嬢様口調に戻りそうになったが、彼のまっすぐな視線を受けて、はっと我に返った。 そして、小さく息を吐くと、正直に言った。 「そうよ。この辺りよ。……あなた、私の家のこと、分かってるんでしょ」 彼女の言葉には、諦めと、そしてユウトへの信頼が入り混じっていた。
ユウトは、そんな彼女の言葉に、何も言わず、ただ静かに頷いた。その沈黙が、彼女の心を安堵させた。 「花園さんが、無理に『お嬢様』を演じなくても、僕は構いませんから」 ユウトが、優しく言った。 その言葉に、レイカの目から、じんわりと涙がこぼれ落ちた。 他の生徒が、彼女の「お嬢様」という仮面を通してしか彼女を見ない中で、ユウトは、彼女の「貧乏」という現実、そしてその中で必死に生きる「素の自分」を、ありのままに受け入れてくれたのだ。 それは、これまで誰にもされたことのない、深い受容と肯定だった。
彼の隣にいると、心が解放されるような感覚があった。 彼と話していると、普段は張り詰めている高飛車な鎧が、少しだけ緩むのを感じた。 それは、これまで誰に対しても感じたことのない、特別な感情だった。 (この人になら……偽りの自分ではなく、素の自分を見せてもいいのかもしれない) (この人になら……私が、どんなに情けなくても、馬鹿にしないどころか、対等に接してくれる)
完璧な自分を演じる息苦しさから解放され、素の自分を受け止めてくれる相手としての魅力。 ユウトの存在は、レイカにとって、まるで華やかな虚飾の裏側にある、温かく、そして確かな「現実」のようだった。 そして、その現実に触れるたび、彼女の心の中で、これまで知らなかった、甘く、優しい感情が芽生え始めているのを、彼女ははっきりと自覚し始めていた。
それは、恋心だった。 偽りの自分ではなく、素の自分を受け止めてくれる彼への、初めての、そして確かな恋心。 レイカは、静かにユウトの横顔を見つめながら、その新たな感情を、そっと胸に抱きしめた。 それは、彼女の「秘密」の扉を開いたことで、ユウトが彼女に贈ってくれた、新たな世界への扉でもあった。




