ユウトとの対比、そして「ありのまま」の肯定
ユウトに秘密を知られてから数日。レイカは、登下校中や廊下でユウトとすれ違うたびに、あのスーパーでの醜態を思い出しては、羞恥心に顔を赤らめた。彼の視線が、まるで自分の「あたしが先に手ぇ伸ばしたっしょ!」という叫びを思い出しているかのように感じられ、顔が熱くなるのを感じた。
他の生徒たちは、相変わらず彼女を「花園さん」と呼び、遠巻きに、あるいは畏敬の念を込めて接してくる。 「花園さん、今日の放課後、どこかお出かけですか?」 「ええ、少しばかり、習い事がございまして」 彼女は、完璧な対応を返す。しかし、その言葉の裏で、彼女の心は、全く別のこと、つまりユウトと、彼が目撃した自分の「貧乏」な現実について思考を巡らせていた。
ある日の放課後、レイカは生徒会室での用事を終え、迎えの車が来る前に、こっそり裏門から抜け出そうとしていた。裏門へと続く人通りの少ない通路に入ったところで、後ろから声をかけられた。 「花園さん、ちょっとお話ししたいことがあるのですが……」 振り返ると、月城ユウトが立っていた。彼女の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。 「な、何よ、月城くん。わたくしに何か御用かしら?」 彼女は、必死にいつものお嬢様口調を保とうとするが、声が上ずっているのが自分でも分かった。
ユウトは、周囲に人影がないことを確認すると、真剣な表情でレイカに向き直った。 「先日、駅前のスーパーでのことなんですけど……」 レイカの顔から、一瞬にして血の気が引いた。やはり、そのことだ。 「そ、それは……わ、わたくしが、たまたま、あのスーパーに……!」 彼女は必死に言い訳しようとするが、言葉が出てこない。
ユウトは、レイカの言葉を遮るように、静かに言った。 「花園さん、僕は、花園さんがどういう事情で、あのスーパーにいたのか、大体分かりました」 レイカの瞳が大きく見開かれた。彼の言葉は、彼女が長年隠し続けてきた、最も触れられたくない部分を的確に突いていた。 「な、何を言っているのよ!?わたくしが、どういう事情だというの!?」 彼女は、必死に虚勢を張った。
しかし、ユウトは、まっすぐに彼女の目を見つめ、続けた。 「僕には、花園さんが、誰にもバレたくない秘密を抱えているのが分かります。でも、僕は、その秘密を知っても、花園さんを馬鹿にしたり、軽蔑したりしません」 彼の言葉に、レイカの心に微かな動揺が走った。これまで、彼女の周りにいたのは、彼女の「お嬢様」という仮面だけを見て、その裏側にある努力や苦労には目を向けない人間ばかりだった。彼らは、レイカの地位や財産、つまり虚像にしか興味がなかった。
「むしろ、花園さんが、そんな大変な状況で、毎日完璧なお嬢様を演じていることに、僕は尊敬します。本当にすごいことだと思います」 ユウトの言葉は、レイカの心の奥深くに、温かい光を灯した。馬鹿にされるどころか、彼は彼女の努力を「尊敬する」と言ってくれたのだ。それは、他の生徒たちが決して口にしない、彼女の真の努力に対する評価だった。
レイカの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。しかし、高飛車なプライドが、それを表に出すことを許さない。彼女は、ぐっと唇を噛み締め、震える声で言った。 「な、何言ってるのよ……っ! わ、わたくしは……っ!」 彼女は、必死に高飛車な口調を保とうとするが、その努力が空回りしているのが分かった。 「このこと、絶対に誰にも言わないでほしいの……!」 彼女の言葉は、もはや「お嬢様」の口調ではなく、剥き出しの感情が込められた、ごく普通の少女の言葉だった。
ユウトは、その彼女の必死な願いを、真摯に受け止めた。 「約束します。僕が、花園さんの秘密を絶対に守ります」 彼の言葉に、レイカの心から、長年まとわりついていた重荷が、少しだけ下ろされたような気がした。