虚飾の城と、ひそやかな現実
月城ユウトに自身の秘密──代々続く名家のお嬢様という完璧な仮面の下に隠された、実は貧乏で、割引弁当を必死に争奪しているという真実──を知られて以来、花園レイカの心は、これまでの人生で感じたことのないほど、大きく揺れ動いていた。
最初は屈辱と憤りだった。高飛車な「お嬢様」という虚像を演じ続けることで、かろうじて保っていた彼女のプライド。それが、一介のクラスメイトの目の前で、割引弁当を巡って「あたしが先に手ぇ伸ばしたっしょ!」と叫ぶ醜態を晒してしまったのだ。もしこの事実が露呈すれば、これまで積み上げてきた全ての虚飾と努力が、音を立てて崩れ去るだろう。しかし、ユウトは彼女の秘密を嘲笑うどころか、その背景にある事情を「理解した」と言い、彼女の必死な努力を「尊敬する」と評してくれた。その誠実さと、彼女の真の姿に対する真摯な眼差しは、レイカの胸の奥深くに、これまで感じたことのない温かい感情を灯し始めた。
花園レイカは、幼い頃から「花園家のお嬢様」として生きてきた。かつては裕福な名家であり、彼女は文字通り何不自由なく育った。しかし、数年前に実家が事業に失敗し、莫大な借金を抱えて以来、彼女の生活は一変した。両親は必死に家の再建に努めていたが、その道のりは厳しく、花園家は見る影もなく困窮していた。
それでも、レイカは「花園家のお嬢様」としてのプライドを捨てることができなかった。星見高校の特待生制度を利用し、なんとか学費を捻出。高級ブランドのバッグも、安物の偽物か、親戚から借り受けたものだった。彼女は、その全てが虚飾であると知りながらも、完璧な「お嬢様」を演じ続けた。気品ある振る舞い、優雅な言葉遣い、そして他の生徒を見下すような高飛車な態度。それらは全て、彼女の「貧乏」という現実を隠し、自らのプライドを守るための鎧だった。
「花園さんって、やっぱり生まれが違うよね」 「私たちとは住む世界が違う」 「きっと、毎日高級な食事を食べてるんだろうな」
そんな言葉が、彼女の耳に届くたび、レイカは上品な微笑みを浮かべながらも、心の奥で重苦しいものを感じていた。本当の自分は、夕食に半額の割引弁当を求め、スーパーの閉店間際に駆け込んでいる。ブランド品ではなく、安い服を探して古着屋を巡っている。そんな現実を知られれば、完璧な「お嬢様」という彼女の地位は崩壊し、学園での居場所を失うだろう。彼女は、その恐怖を常に胸に抱きながら、虚飾という名の城の中で、息を潜めて生きてきた。スーパーでの割引弁当争奪戦は、彼女にとって、その仮面を脱ぎ捨て、剥き出しの感情を解放する、唯一の「戦場」だった。