安堵から芽生える、初めての温かさ
その日から、ことねのユウトに対する態度は、明確に変化していった。 彼女は、校内でユウトを見かけると、以前のような厳格な視線ではなく、どこか安心したように、僅かに、しかし温かい視線を向けるようになった。ユウトもまた、彼女のその変化に気づき、静かに、しかし温かく見守るようになった。
ある日の放課後、ことねは生徒会室での仕事を終え、いつものように急ぎ足で学校を出ようとしていた。生徒昇降口で、ユウトが靴を履き替えているのが見えた。 「月城くん、今からどこかへ?」 ことねは、思わず声をかけてしまった。 ユウトは、顔を上げ、少し驚いたように彼女を見た。 「ええ、少し、用事がありまして」 「そう……」 普段なら、そこで会話は終わる。しかし、ことねの口から、自然と次の言葉が出た。 「その……無理は、していないか?」 彼女の言葉は、妹の心配をするかのような、優しい響きを持っていた。
ユウトは、その言葉に、少しだけ目を見開いた。そして、ふわりと笑った。 「大丈夫です。御影委員長も、無理しすぎないでくださいね」 彼の言葉に、ことねの心に温かいものが込み上げてくるのを感じた。他の生徒が彼女の「完璧な風紀委員長」という表の顔しか見ない中で、ユウトは、彼女が「無理をしている」こと、そしてその裏にある「献身」までも見抜いて、心配してくれたのだ。
彼の隣にいると、心が解放されるような感覚があった。 彼と話していると、普段は張り詰めている規律の糸が、少しだけ緩むのを感じた。 それは、これまで誰に対しても感じたことのない、特別な感情だった。
(この人となら……私は、もっと素の自分でいられるのかもしれない) (この人になら……私の、一番大切な秘密を、もっと話してもいいのかもしれない)
完璧な自分を演じる必要のない安らぎ。 妹のために必死な自分を馬鹿にせず、むしろ応援してくれる存在。 ユウトの存在は、ことねにとって、まるで冷たい風の吹く場所で、温かい毛布に包まれたような、深い温かさをもたらした。 そして、その温かさに触れるたび、彼女の心の中で、これまで知らなかった、甘く、優しい感情が芽生え始めているのを、彼女ははっきりと自覚し始めていた。
それは、恋心だった。 理性では説明できない、しかし確かな、ユウトへの恋心。 ことねは、静かにユウトの横顔を見つめながら、その新たな感情を、そっと胸に抱きしめた。 それは、彼女の「秘密」の扉を開いたことで、ユウトが彼女に贈ってくれた、新たな世界への扉でもあった。