ユウトとの対比、そして「妹への献身」を理解する眼差し
ユウトに秘密を知られてから数日。ことねは、登下校中や廊下でユウトとすれ違うたびに、自分のメイド服姿がフラッシュバックするような羞恥心に襲われた。彼の視線が、まるで自分の「ご主人様」呼びを思い出しているかのように感じられ、顔が熱くなるのを感じた。
他の生徒たちは、相変わらず彼女を「御影委員長」と呼び、規律正しい態度を崩さない。 「御影委員長、すみません!今日、少し遅刻してしまって……」 「遅刻は認められません。反省文を提出してください。しかし、正直に申し出たことは評価します」 彼女は、完璧な対応を返す。しかし、その言葉の裏で、彼女の心は、全く別のこと、つまりユウトと、彼が知ってしまった自分の秘密について思考を巡らせていた。
ある日の放課後、ことねは生徒会室で書類整理を終え、学校を出ようとしていた。いつものように校門で生徒たちの様子をチェックしていると、ユウトが廊下の隅で、何かの資料を丁寧にファイリングしている姿が見えた。彼の横顔は真剣で、地味ながらも与えられた仕事を真面目にこなす姿は、普段から彼女が認めている点だった。
ことねは、意を決して、彼に声をかけた。 「月城くん、少しよろしいですか?」 ユウトは、顔を上げ、驚いたようにことねを見た。 「御影委員長。何か僕にできることが?」 彼の声は穏やかで、しかしその眼差しは真剣だった。
ことねは、周囲に他の生徒がいないことを確認するように一度見回すと、声を潜めて言った。 「先日、私のアルバイト先で、君に会ってしまったことについてだが……」 彼女の顔が、僅かに赤くなる。その羞恥心は、普段の彼女からは想像もできないものだった。 「あれを、君は本当に……どう思ったのだ?」 彼女は、まるで判決を待つ被告人のように、息を詰めて尋ねた。彼女の心臓は、激しく鼓動していた。他の生徒であれば、きっと嘲笑するか、あるいは軽蔑の視線を向けるだろう。
しかし、ユウトの次の言葉は、彼女の予想を裏切るものだった。 「……僕は、御影委員長が、妹さんのために必死で頑張っていることを知っています」 その言葉に、ことねの瞳が大きく見開かれた。彼は、彼女の秘密の「理由」まで知っていたのか。そして、それを、彼が口にした「尊敬」という言葉。 「妹のため……?なぜ、それを……」 彼女は、混乱と動揺を隠せない。
ユウトは、澄んだ瞳で彼女を見つめ、続けた。 「以前、職員室で、先生が御影委員長の妹さんの容態について話しているのを、偶然耳にしました。そして、御影委員長が、放課後にいつも急いでどこかへ向かっている姿も見ていました。最初は分かりませんでしたが、あのメイドカフェで御影委員長を見かけた時、全て繋がりました。御影委員長は、妹さんのために、あそこで働いているんだって」 彼の言葉は、あまりにも真っ直ぐで、そして彼女の状況に深く寄り添おうとするものだった。
「御影委員長は、学校では誰よりも生徒の模範で、完璧な風紀委員長です。でも、その裏で、大切な妹さんのために、慣れないアルバイトを必死で頑張っている。僕は、その姿を見て、本当に素晴らしいと思ったんです。誰にも馬鹿にされるようなことじゃない。むしろ、誇るべきことだと思います」 ユウトの言葉は、ことねの心の奥深くに、温かい光を灯した。他の生徒が彼女の「完璧な姿」だけを評価する中で、ユウトは、彼女の「献身」を、そしてその「理由」を、真正面から受け止めてくれたのだ。
「私……このことを、誰にも知られたくない。特に、学校の先生や、生徒たちには……」 彼女は、そう言って、固く閉ざしていた心の扉を、微かに開いた。 ユウトは、真っ直ぐに彼女の目を見つめ、深く頷いた。 「分かります。僕が、絶対にこの秘密を守ります。誰にも言いません」 彼の言葉には、一点の曇りもなかった。それは、彼女の理性ではなく、感情に直接語りかけるような、力強い響きを持っていた。
「嘘です、お願い、秘密にして……!」 彼女は、顔を赤くし、震える声で訴えかけた。その言葉は、もはや「抹殺」宣言とはかけ離れた、切実で、そして弱々しい懇願だった。 ユウトは、その彼女の悲痛な願いを、真摯に受け止めた。




