厳格なる秩序と、隠された献身
月城ユウトに自身の秘密──厳格な風紀委員長という完璧な仮面の下に隠された、妹の学費を稼ぐためにメイドカフェでアルバイトをしているという真実──を知られて以来、御影ことねの心は、激しく揺れ動いていた。
最初は羞恥と憤りだった。風紀委員長として校内の規律を厳しく取り締まる立場でありながら、裏ではメイド服を着て「ご主人様、お嬢様」などと言っているなど、最も知られたくない「弱み」だった。もしこの事実が露呈すれば、彼女が築き上げてきた全ての信頼と権威が、音を立てて崩れ去るだろう。しかし、ユウトは彼女の秘密を嘲笑うどころか、その背景にある妹への深い愛情と、彼女の努力を「尊敬する」と評してくれた。その誠実さと、彼女の状況に対する真摯な眼差しは、ことねの胸の奥深くに、これまで感じたことのない温かい感情を灯し始めた。
御影ことねは、幼い頃から責任感が強く、正義感が人一倍強い少女だった。教師である両親の影響もあり、幼い頃から「規則を守ること」「正しい行いをすること」を強く意識して育った。特に、体が弱く、入退院を繰り返す妹の存在は、ことねの心を強く突き動かす原動力となっていた。妹を守るため、そして家族の負担を減らすため、彼女は常に完璧な姉であり、模範的な生徒であろうと努めた。
星見高校に入学してからも、その生活は変わらなかった。生徒会の風紀委員長に就任すると、その厳格な指導と一切の妥協を許さない姿勢で、瞬く間に生徒たちの信頼と畏怖を集めた。彼女が廊下を歩けば、だらしない格好の生徒は身を正し、私語を慎む。教師たちも彼女の働きぶりを高く評価し、全幅の信頼を置いていた。彼女はまさに「完璧な風紀委員長」であり、その存在は学園の秩序を保つ上で不可欠なものだった。
「御影委員長がいるから、星見高校は平和なんだ」 「彼女の目にかかれば、どんな校則違反も見抜かれる」 「きっと、私生活も一切の乱れがないんだろうな」
そんな言葉が、彼女の耳に届くたび、彼女は厳しい表情を崩さずに頷きながらも、心の奥で重苦しいものを感じていた。完璧でなければならないという重圧。そして、その重圧の根源にある、誰にも知られてはならない「秘密のアルバイト」のこと。
彼女は、妹の医療費や、両親の家計の助けになるため、アルバイトをすることを決意した。しかし、高校生が短時間で高収入を得られる仕事は限られている。そこで、たどり着いたのが、時給が高く、制服の着用が必須ではない(着替えられる)メイドカフェだった。 メイド服を着て、客を「ご主人様」「お嬢様」と呼ぶ。それは、厳格な風紀委員長である「御影ことね」とは、あまりにもかけ離れた姿だった。この趣味は、学園の「完璧な風紀委員長」である彼女には、決して許されないものだった。もし知られれば、嘲笑され、尊敬は軽蔑に、権威は失墜し、退学処分にすらなりかねない。彼女は、その恐怖を常に胸に抱きながら、完璧という名の仮面の中で、息を潜めて生きてきた。放課後、メイド服に着替えてカフェのドアを開ける瞬間は、彼女にとって、その仮面から解放される、唯一の「現実」だった。




