ユウトとの対比、そして作品への「真摯」な眼差し
ユウトに秘密を知られてから数日。すみれは、登下校中や廊下でユウトとすれ違うたびに、自分の小説を読まれたことに対する羞恥心が込み上げてきた。彼の視線が、まるで自分の「エッチな」描写を思い出しているかのように感じられ、顔が熱くなるのを感じた。
他の生徒たちは、相変わらず彼女を「一ノ瀬さん」と呼び、尊敬の眼差しを向けてくる。 「一ノ瀬さん、この物理の問題、どうしてこうなるんですか?」 「ああ、それは、この法則を応用すれば容易に解けるはずだ。ほら、ここに図解がある」 彼女は、完璧な回答を返す。しかし、その言葉の裏で、彼女の心は、全く別のこと、つまりユウトと、彼が読んだであろう小説の描写について思考を巡らせていた。
ある日の放課後、すみれは、いつものように図書室の窓際で参考書を読んでいた。しかし、その視線は、ページの上を滑るだけで、内容は全く頭に入ってこなかった。ふと、隣の席に座るユウトの姿が目に入った。彼は、何かの資料を熱心に読み込んでいる。その姿は、他の生徒たち、例えばグループ学習で私語に夢中になっている生徒や、スマホをいじっている生徒とは対照的だった。彼は常に、何かに真剣に向き合っている。
すみれは、意を決して、彼に声をかけた。 「月城くん、少しよろしいか?」 ユウトは、顔を上げ、驚いたようにすみれを見た。 「一ノ瀬さん。何か僕にできることが?」 彼の声は穏やかで、しかしその眼差しは真剣だった。
すみれは、周囲に他の生徒がいないことを確認するように一度見回すと、声を潜めて言った。 「先日、私のUSBメモリを拾ってくれたことについてだが……あれを、君は本当に……?」 彼女は、言葉を選ぶように慎重に尋ねた。彼女が聞きたいのは、「本当に、私の作品を読んだのか、そしてどう思ったのか」ということだった。
ユウトは、すみれの言葉に、微かに視線を泳がせた。しかし、すぐに彼女の目を見据え、正直に答えた。 「はい。ファイル名と、冒頭の数行を読みました。その……『図書館の午後と制服の甘い香り』、という部分まで……」 すみれの顔が、カッと赤くなる。そこは、物語の導入でありながら、二人の主人公の間に、既に「甘い香り」が漂う、性的な緊張感のある描写がなされていた。
「それで……どう、思ったの?」 すみれは、まるで判決を待つ被告人のように、息を詰めて尋ねた。彼女の心臓は、激しく鼓動していた。他の生徒であれば、きっと嘲笑するか、あるいはからかうだろう。
しかし、ユウトの次の言葉は、彼女の予想を裏切るものだった。 「……すごく、情熱的で、人間らしいと思いました」 その言葉に、すみれの目に、驚きと困惑の色が浮かんだ。 「人間らしい……?」 「はい。一ノ瀬さんは、いつも完璧で、理論的で、まるで感情を持たない機械のようです。僕なんかが遠くから見ているだけでは、とても手の届かない存在。でも、あの小説を読んで、一ノ瀬さんも僕たちと同じように、感情豊かで、色々なことを考えているんだって、少しだけ……人間らしさに触れられた気がして」
ユウトは、澄んだ瞳で彼女を見つめ、続けた。 「それに、あの描写は、とても繊細で、登場人物の心の機微がよく伝わってきました。単に『エッチ』という言葉で片付けられるようなものではなく、登場人物の感情の自然な流れとして、必然性があるように感じました。僕は、一ノ瀬さんが、これほど深く、人間の感情を洞察できることに、驚きと、そして尊敬の念を抱きました」 彼の言葉は、あまりにも真剣で、そして彼女の作品に真摯に向き合っていることが、ひしひしと伝わってきた。
すみれは、その言葉に、胸の奥から温かいものがこみ上げてくるのを感じた。他の生徒たちが、彼女の「知性」だけを評価する中で、ユウトは、彼女の「作品」を、そしてその作品に込められた「情熱」を、真正面から受け止めてくれたのだ。 「私……このことを、誰にも知られたくない。特に、学校の先生や、クラスの皆には……」 彼女は、そう言って、固く閉ざしていた心の扉を、微かに開いた。
ユウトは、真っ直ぐに彼女の目を見つめ、深く頷いた。 「分かります。僕が、絶対にこの秘密を守ります。誰にも言いません」 彼の言葉には、一点の曇りもなかった。それは、彼女の理性ではなく、感情に直接語りかけるような、力強い響きを持っていた。
「絶対にバレたくない!っていうか、私、書いてる内容が……ちょっと、えっち……!」 彼女は、顔を真っ赤にして、しかし真剣な眼差しでユウトに訴えかけた。その言葉は、彼女の理性とは裏腹の、少女らしい切実な願いだった。 ユウトは、その彼女の赤面と、そして切実な願いを、真摯に受け止めた。




