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安堵から芽生える、初めての感情

その日から、みことのユウトに対する態度は、少しずつ、しかし確実に変化していった。 彼女は、学校でユウトとすれ違うたびに、以前のような警戒心ではなく、どこか安心して、微かに微笑むようになった。ユウトもまた、彼女のその変化に気づき、静かに、しかし温かく見守るようになった。

ある日の昼休み、みことは珍しく屋上へと向かった。そこは、普段生徒が少ない、彼女のお気に入りの場所だった。しかし、屋上の扉を開けると、そこには先にユウトが座って、パンを食べている姿があった。 「……月城くん」 みことは、一瞬躊躇したが、彼が自分を見て微笑んだため、意を決して彼の隣に座った。 「七瀬さん。ここ、気持ちいいですよね」 「ええ。風が心地いいわ」 二人の間に、静かな時間が流れた。普段なら、こんな風に男子生徒と二人きりになることなど、決してない。完璧な自分を演じる彼女にとって、それは「隙」に繋がる行為だったからだ。しかし、ユウトの前では、不思議と緊張しなかった。

「七瀬さん、最近、音楽室での練習、どうですか?」 ユウトが、何気ない口調で尋ねた。 みことは、ドキリとしたが、彼の表情には、やはり嘲笑の気配はなかった。むしろ、本当に心配しているような、優しい眼差しだった。 「ええ、おかげさまで。最近は、新しい振り付けにも挑戦していて……」 彼女は、そう言いかけて、ハッとした。自分が、今、この瞬間に、ユウトに自分の「秘密」の一部を話してしまっている。しかも、何の抵抗もなく。

「そ、その……」 みことは、慌てて口を噤んだ。 ユウトは、そんな彼女を見て、ふわりと笑った。 「大丈夫ですよ、七瀬さん。僕には話してくれても。僕は、七瀬さんの秘密の味方ですから」 彼の言葉に、みことの心は、温かいもので満たされた。 「味方……」 その言葉が、彼女の胸に深く響いた。これまでの人生で、自分の「完璧さ」の味方はたくさんいた。だが、自分の「秘密」の味方になってくれる存在など、いなかった。

みことは、ユウトの横顔をじっと見つめた。 彼は、何も特別なことはしていない。ただ、彼女の秘密を否定せず、受け入れ、そして守ると言ってくれただけだ。しかし、その行為が、彼女にとってどれほどの安らぎをもたらしたか。 完璧でなければならないという重圧から、少しだけ解放されたような感覚。 誰にも理解されない孤独から、救われたような感覚。 ユウトは、彼女の心の奥底に眠っていた、小さな「自分らしさ」を、そっと肯定してくれたのだ。

彼の隣にいると、心が落ち着く。 彼と話していると、普段は張り詰めている心が、少しだけ緩む。 それは、これまで誰に対しても感じたことのない、特別な感情だった。

(この人となら……私は、もっと素の自分でいられるのかもしれない) (この人になら……私の、一番大切な秘密を、もっと話してもいいのかもしれない)

完璧な「七瀬みこと」の仮面を脱ぎ捨てた素の自分を、初めて受け入れてくれた存在。 ユウトの存在は、みことにとって、檻の中に差す一筋の光のようだった。 そして、その光に触れるたび、彼女の心の中で、これまで知らなかった、甘く、温かい感情が芽生え始めているのを、彼女ははっきりと自覚し始めていた。

それは、恋心だった。 完璧な自分を演じる息苦しさから解放され、安らぎを感じさせてくれる彼への、初めての、そして確かな恋心。 みことは、静かにユウトの横顔を見つめながら、その新たな感情を、そっと胸に抱きしめた。 それは、彼女の「秘密」の扉を開いたことで、ユウトが彼女に贈ってくれた、新たな世界への扉でもあった。


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