完璧という名の檻
月城ユウトに自身の秘密──学園No.1の美少女という完璧な仮面の下に隠された、熱狂的なアニメオタクであり、アイドルアニメの完コピダンスに命を懸けているという真実──を知られて以来、七瀬みことの日常は、それまでとは全く異なる色彩を帯びていた。
最初は絶望だった。まるで、長年築き上げてきた堅固な城壁が、たった一人のクラスメイトの目の前で音を立てて崩れ去ったかのような衝撃。完璧な「七瀬みこと」が、一瞬にして地に堕ちる悪夢。だが、ユウトは彼女の秘密を嘲笑うどころか、「格好良かった」と称賛し、何よりもその秘密を絶対に守ると約束してくれた。その誠実な眼差しと、まっすぐな言葉は、みことの凍り付いていた心を、ゆっくりと溶かし始めた。
七瀬みことにとって、「完璧」であることは、生まれたときから課せられた宿命のようなものだった。両親は、地域の名士として知られ、常に「七瀬家の娘」として最高の品格と成績を求められた。彼女は、その期待に応えるべく、幼い頃からあらゆる努力を惜しまなかった。勉強、習い事、礼儀作法。全てにおいて非の打ち所がないよう、彼女は自らを律し、常に模範であり続けた。
星見高校に入学してからも、その生活は変わらなかった。学年トップの成績、生徒会活動への積極的な参加、部活動での活躍。周囲の生徒たちは、彼女を「女王」と称え、教師たちもまた、彼女を「理想の生徒」として高く評価した。そのたびに、みことの心には、誇りと共に、ある種の重圧がのしかかるのを感じていた。
「七瀬さんって、本当にすごいよね」 「いつも完璧で、隙がない」 「きっと、私生活も規則正しくしてるんだろうな」
そんな言葉が、彼女の耳に届くたび、彼女は完璧な笑顔を浮かべながらも、心の奥で息苦しさを感じていた。本当の自分は、常に完璧でいられるわけではない。時には失敗もするし、情けない一面だってある。そして何よりも、誰にも理解されない、熱狂的な「好き」を抱えている。
それが、アニメとアイドルアニメだった。 幼い頃、偶然見たアニメの変身ヒロインに魅了され、その世界にのめり込んだ。現実の自分とはかけ離れた、色鮮やかな世界。キャラクターたちが悩み、笑い、歌い、踊る姿に、彼女は心の底から救われるような安らぎを感じた。特に、アイドルアニメのキャラクターたちが、夢に向かってひたむきに努力し、ステージで輝く姿は、彼女にとっての希望そのものだった。彼女は、キャラクターたちのダンスを完コピすることに喜びを見出し、誰にも見つからない音楽室で、ひそかにその情熱を燃やし続けていた。
しかし、その趣味は、学園の「完璧な女王」である七瀬みことには、決して許されないものだった。もし知られれば、嘲笑され、尊敬は軽蔑に、憧れは失望に変わるだろう。彼女は、その恐怖を常に胸に抱きながら、完璧という名の檻の中で、息を潜めて生きてきた。放課後の音楽室での時間は、彼女にとって、唯一、その檻から解放される、かけがえのない瞬間だった。