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僕だけが知っている、彼女たちのヒミツ  作者: すぎやま よういち
秘密の共有と信頼関係の構築
20/90

桜井ゆづき:諦めから安らぎへ

路地裏での一件以来、桜井ゆづきは、月城ユウトの存在を、以前にも増して意識するようになっていた。自分の最も触れられたくない過去、「元子役アイドル」という秘密を、彼は知ってしまった。あの時、ユウトが自分を守ってくれた行動は、彼女にとって、予想外の、しかし温かいものだった。

数日後、ゆづきは放課後、いつも立ち寄る路地裏の空き地で、三毛猫に餌を与えていた。その時、ユウトが声をかけてきた。 「桜井さん、少しお話できますか?」 ゆづきは、驚いて振り返った。彼の顔には、いつもの穏やかさに加え、真剣な表情が浮かんでいた。 「……月城くん……」 彼女は、猫に餌を与える手を止めた。周囲には誰もいない。ここは、彼女にとって最も安心できる場所だった。

ユウトは、ゆづきの近くまで来ると、少し距離を取り、静かに言った。 「先日、路地裏で見たことなんですけど……その、カメラの男のことです」 ゆづきの顔から、表情が消える。やはり、そのことを言いに来たのだ。何を言われるのだろう。好奇の目で見られるのだろうか。 「私は……もう、あの世界には戻りたくないの」 彼女は、小さく、しかしはっきりと呟いた。その声には、過去への深い嫌悪と、現在の平穏を守りたいという強い願いが込められていた。

ユウトは、その言葉を真剣に受け止め、ゆっくりと頷いた。 「知っています。桜井さんが、どれだけあの場所から逃れたがっているか、僕は少しだけ分かります」 彼の言葉に、ゆづきは驚いて顔を上げた。彼は、彼女の言葉の裏にある「感情」まで理解しているかのようだった。 「桜井さんは、きっと、この学校で、普通の生徒として、穏やかに過ごしたいんですよね?」 ユウトの言葉は、ゆづきの心に、深く染み渡った。まさに、その通りだった。

「僕は、桜井さんの秘密を、誰にも言いません。あの時の男も、これからもきっと現れるかもしれません。でも、もし何かあったら、僕にできることなら、何でも協力します。僕は、桜井さんがこの学校で、安心して過ごせるように、全力で秘密を守ります」 ユウトの言葉は、ゆづきの心を、長年抱えてきた不安と孤独から解放するかのようだった。誰にも知られず、一人で抱え込んできた過去。それを、彼は「守る」と言ってくれたのだ。

ゆづきの瞳には、安堵と、そして今まで感じたことのない温かさが浮かんでいた。彼女は、ユウトのその優しい眼差しと、力強い言葉に、心が震えるのを感じた。 「……どうして……そんなことまで……」 彼女は、震える声で尋ねた。 ユウトは、少しだけはにかみながら、答えた。 「なんとなく……放っておけないって思ったんです」 彼の言葉は、飾り気がなく、しかしとてつもない説得力を持っていた。

ゆづきは、彼の目を見つめ、静かに、しかし確かな重みのある言葉を紡いだ。 「……君だけは、見抜いちゃったんだね」 その言葉は、彼女の秘密がユウトに知られてしまったことへの、諦めと、そして深い信頼が入り混じった告白だった。そして、その秘密を「見抜いて」くれたユウトに、彼女は心の底からの安らぎを感じていた。 この瞬間、桜井ゆづきの謎めいた仮面の下に隠された、繊細で傷つきやすい心が、ユウトにだけ開かれ始めたのだった。


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