花園レイカ:高飛車から素顔へ
割引弁当争奪戦での一件以来、花園レイカは、月城ユウトの顔を見るたびに、自分の「高飛車お嬢様」の仮面が剥がれた瞬間のことを思い出しては、赤面していた。あの必死な「あたしが先に手ぇ伸ばしたっしょ!」というセリフは、彼女の最大の恥だった。
その日の放課後、レイカはいつもより早く学校を後にした。目指すは、人通りの少ない裏通り。しかし、裏通りに入ってすぐに、後ろから声をかけられた。 「花園さん、ちょっといいですか?」 振り返ると、月城ユウトが立っていた。彼女の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。 「な、何よ、月城くん。わたくしに何か御用かしら?」 彼女は、必死にいつものお嬢様口調を保とうとするが、声が上ずっているのが自分でも分かった。
ユウトは、周囲に人影がないことを確認すると、真剣な表情でレイカに向き直った。 「先日のスーパーでのことなんですけど……」 レイカの顔から、一瞬にして血の気が引いた。やはり、そのことを言いに来たのだ。 「そ、それは……わ、わたくしが、たまたま、あのスーパーに……!」 彼女は必死に言い訳しようとするが、言葉が出てこない。
ユウトは、レイカの言葉を遮るように、静かに言った。 「花園さん、僕は、花園さんがどういう事情で、あのスーパーにいたのか、大体分かりました」 レイカの瞳が大きく見開かれた。彼の言葉は、彼女が長年隠し続けてきた、最も触れられたくない部分を的確に突いていた。 「な、何を言っているのよ!?わたくしが、どういう事情だというの!?」 彼女は、必死に虚勢を張った。
しかし、ユウトは、まっすぐに彼女の目を見つめ、続けた。 「僕には、花園さんが、誰にもバレたくない秘密を抱えているのが分かります。でも、僕は、その秘密を知っても、花園さんを馬鹿にしたり、軽蔑したりしません」 彼の言葉に、レイカの心に微かな動揺が走った。これまで、彼女の周りにいたのは、彼女の「お嬢様」という仮面だけを見て、その裏側にある努力や苦労には目を向けない人間ばかりだった。 「むしろ、花園さんが、そんな大変な状況で、毎日完璧なお嬢様を演じていることに、僕は尊敬します。本当にすごいことだと思います」 ユウトの言葉は、レイカの心の奥深くに、温かい光を灯した。馬鹿にされるどころか、彼は彼女の努力を「尊敬する」と言ってくれたのだ。
レイカの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。しかし、高飛車なプライドが、それを表に出すことを許さない。彼女は、唇を噛み締め、震える声で言った。 「な、何言ってるのよ……っ! わ、わたくしは……っ!」 彼女は、必死に高飛車な口調を保とうとするが、その努力が空回りしているのが分かった。 「このこと、絶対に誰にも言わないでほしいの……!」 彼女の言葉は、もはや「お嬢様」の口調ではなく、剥き出しの感情が込められた、ごく普通の少女の言葉だった。
ユウトは、その彼女の必死な願いを、真摯に受け止めた。 「約束します。僕が、花園さんの秘密を絶対に守ります」 彼の言葉に、レイカの心から、長年まとわりついていた重荷が、少しだけ下ろされたような気がした。 この瞬間、花園レイカの高飛車な仮面の下に隠された、切実で繊細な心が、ユウトにだけ開かれ始めたのだった。