御影ことね:抹殺の宣告から懇願へ
メイドカフェでの一件以来、御影ことねは、月城ユウトの存在が気になって仕方がなかった。風紀委員長としてのプライド、そして何よりも妹の学費という切実な理由で始めたアルバイト。それが、一人のクラスメイトにバレてしまった。あの時、とっさに口走ってしまった「抹殺するしか」という言葉は、まさに本気の動揺からくるものだった。
数日後、ことねは生徒会室での仕事を終え、いつもより早く学校を出ようとしていた。校門を出たところで、ユウトが声をかけてきた。 「御影委員長、ちょっとお話ししたいことがあるのですが……」 ことねの背筋がピンと伸びた。周囲にはまだ部活動の生徒たちがいる。彼女は素早く周囲に目を配り、人目の少ない校舎裏の駐輪場の方へとユウトを促した。 「ここでなら、誰も来ないでしょう」 駐輪場には自転車が数台停まっているだけで、生徒の姿はなかった。ことねは、ユウトに向き直り、いつもの厳しい表情で彼を見据えた。 「何の話ですか。私に話すことなど、特にないはずですが」 彼女はあくまで冷静を装ったが、その声には微かな緊張が走っていた。
ユウトは、ことねの厳しい視線に臆することなく、真剣な表情で言った。 「先日、駅前のカフェで……その、御影委員長をお見かけして」 ことねの顔が、サッと青ざめる。やはり、あのことだ。 「私がそこで何をしていようと、あなたには関係のないことでしょう」 彼女は、まるで自分を正当化するかのように、突き放すような口調で言った。風紀委員長としての威厳を保とうと必死だった。
しかし、ユウトは彼女の言葉に動揺することなく、続けた。 「でも、僕は、御影委員長が誰にも知られたくない秘密を抱えていることを知ってしまいました。それに、僕は、御影委員長が妹さんのために、必死で頑張っていることも知っています」 ユウトの言葉に、ことねの瞳が大きく見開かれた。妹のことまで、なぜ彼が知っているのか。彼女は、彼の観察眼の鋭さに、背筋が凍るような感覚を覚えた。 「あなたは……何を……」 彼女は、言葉を失った。自分の一番大切な、そして誰にも言えない「理由」まで、彼に知られていたことに、動揺を隠せない。
ユウトは、真っ直ぐにことねの目を見つめ、言った。 「御影委員長は、学校では誰よりも生徒の模範で、完璧な風紀委員長です。でも、その裏で、大切な妹さんのために、慣れないアルバイトを必死で頑張っている。僕は、その姿を見て、尊敬しました。だから、絶対に誰にも言いません。僕が、この秘密を守ります」 ユウトの言葉は、彼女の心に温かく響いた。これまで、誰にも理解されない孤独の中で、一人で背負ってきた重荷。それを、彼は「尊敬する」と言ってくれたのだ。
ことねの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。しかし、風紀委員長としてのプライドが、それを表に出すことを許さない。彼女は、ぐっと唇を噛み締め、震える声で言った。 「そ、そんな……っ! わ、私は……」 彼女は、普段の厳しい表情をかなぐり捨て、ユウトに縋るように訴えた。 「……嘘です、お願い、秘密にして……!」 その言葉は、もはや「抹殺」宣言とはかけ離れた、切実で、そして弱々しい懇願だった。彼女の口調は、普段の丁寧語ではなく、ごく普通の少女のような口調に変わっていた。 ユウトは、彼女のその悲痛な願いを、真摯に受け止めた。 この瞬間、御影ことねの厳格な仮面の下に隠された、妹を思う優しい心が、ユウトにだけ開かれ始めたのだった。