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僕だけが知っている、彼女たちのヒミツ  作者: すぎやま よういち
秘密の共有と信頼関係の構築
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謎の転校生、桜井ゆづきの日常

県立星見高校に転校生がやってきたのは、学期が始まって間もない頃だった。 2年C組に編入してきたその少女の名は、桜井ゆづき。 彼女は、まるで絵本から抜け出してきたかのような、儚くも美しい容姿をしていた。淡いピンク色の髪は光を受けてきらめき、大きな瞳はどこか憂いを帯びていた。言葉数も少なく、常に控えめな物腰で、周囲に溶け込もうとしない、あるいは溶け込めないような、不思議な雰囲気を纏っていた。

生徒たちは皆、彼女に興味津々だった。なぜこの時期に転校してきたのか。彼女の過去は何なのか。しかし、ゆづきは一切の質問に答えることなく、常に曖昧な笑みを浮かべるだけだった。そのミステリアスな魅力は、彼女を学園の「謎の転校生」として際立たせていた。 誰もが彼女を、都会から来たお嬢様か、あるいは病弱で転地療養に来たのではないか、などと想像していた。彼女の辞書に「芸能界」や「スポットライト」といった言葉は存在しない、と。

しかし、その「謎の転校生」の裏側で、ゆづきの胸中には、誰にも、特に学校の生徒には知られてはならない「過去の影」が隠されていた。それは、彼女の現在の平穏な日常とはかけ離れた、眩しく、そして残酷な「真実」だった。

放課後、ゆづきは授業が終わると、すぐに教室を出て行った。部活動にも所属せず、友達と遊ぶこともない。彼女はいつも、まるで人目を避けるように、早足で学校を後にする。その表情は、どこか常に緊張しているかのようだった。

彼女の目的地は、決まって「自宅」だった。 バスを乗り継ぎ、ユウトの家からほど近い、静かな住宅街の一角にある古民家へと帰っていく。そこは、彼女が「普通の女の子」として生きるために、選んだ隠れ家だった。 家の中に入ると、ゆづきは、ホッと息をついた。学校にいる間は常に神経を張り詰めているため、自宅にいる時だけが、心から安らげる時間だった。

ゆづきの秘密。それは、彼女がかつて、一世を風靡した「元・子役アイドル」だったということだ。 本名は「桜井夢月さくらい ゆづき」。幼い頃からその才能を見出され、CMやドラマ、歌番組など、様々なメディアで活躍してきた。その圧倒的な歌唱力と表現力、そして愛らしいルックスで、多くのファンを魅了し、「天才子役」の名をほしいままにした。 しかし、芸能界は、幼い彼女にとってあまりにも過酷な世界だった。大人たちの思惑、競争、プライバシーのない生活。そして何よりも、常に「完璧なアイドル」を演じ続けなければならないプレッシャーが、幼い彼女の心を蝕んでいった。 限界に達したゆづきは、両親に懇願し、芸能界を引退した。そして、誰も自分を知らない場所で、一人の「普通の女の子」として静かに暮らしたいと願ったのだ。それが、この星見高校への転校、そしてユウトの家の近所に引っ越してきた理由だった。

彼女は、この「元アイドル」という秘密を、誰にも、特に学校の生徒には絶対に知られてはならないと心に決めていた。もしバレれば、せっかく手に入れた平穏な日常が、再びパパラッチや週刊誌、そして好奇の目に晒されることになるだろう。だから、彼女は常に目立たぬよう、そして人との間に一線を引くように生活していた。 「今日こそ、あの猫ちゃんに会えるかな……」 彼女は、自宅の庭から続く路地裏の奥に、最近見かけるようになった野良猫のことを思い出していた。その猫は、どこか自分と似ている気がして、彼女にとって唯一の心を許せる存在だった。


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