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僕だけが知っている、彼女たちのヒミツ  作者: すぎやま よういち
秘密の共有と信頼関係の構築
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土砂降りのバトル、そして「お嬢様」の豹変

ユウトが手を引っ込めた弁当を掴んだのは、見慣れない、しかしどこか威圧感のある女性だった。 彼女は、まるで戦場に立つ兵士のような、鋭い目つきでその弁当を掴み取った。顔には、真剣な、そして勝利への執念のようなものが浮かんでいる。 その女性は、普段着のようだが、どこか上品さを感じさせる服装をしていた。しかし、その手には、まるで獲物を掴み取るかのような、猛烈な執着がこもっていた。

「あ、すみません……僕も、それが欲しくて……」 ユウトが申し訳なさそうに声をかけると、女性はハッと顔を上げた。 そして、その顔を見た瞬間、ユウトは思わず息を呑んだ。 そこにいたのは、紛れもない、星見高校の花園レイカだったのだ。

しかし、彼女の姿は、いつもの完璧な「お嬢様」とは似ても似つかないものだった。 髪は少し乱れ、上品なブランドバッグではなく、くたびれたエコバッグを抱えている。そして、その表情は、普段の優雅な微笑みとはかけ離れた、本気の、そして切羽詰まったような鬼気迫るものだった。 周囲の客たちは、それぞれの目当ての弁当を掴むのに夢中で、ユウトとレイカの間の、静かなる「戦い」には気づいていない。レジへと向かう人々の足音、店員が商品の補充をする音、それらがスーパーの喧騒の中に溶け込んでいる。

レイカは、ユウトの顔を見て、一瞬にして凍り付いた。 「……月城……くん……?」 彼女の顔から、血の気が引いていくのが分かった。瞳は大きく見開かれ、信じられないものを見たかのように、カッと見開かれた。 「なんで……あなたがここに……!?」 その声は、普段の優雅な口調からは想像もできないほど、動揺と焦りに満ちていた。

そして、レイカは、まるで自分が重大な秘密を暴かれたかのように、必死にカツ丼弁当を胸に抱きしめた。 「こ、これは……わ、わたくしが、先に……!」 彼女は、普段の優雅な言葉遣いを保とうとするが、その必死な様子から、その努力が空回りしているのが見て取れた。

ユウトは、その状況を瞬時に理解した。 ああ、そうか。花園レイカは、実はお金持ちじゃないんだ。 割引弁当を必死に手に入れようとしている彼女の姿が、その真実を雄弁に物語っていた。

「いや、でも、僕もこのカツ丼を狙ってて……」 ユウトがそう言いかけた、その時だった。 レイカの表情が、一瞬にして、まるで何かが弾けたかのように崩れ去った。 彼女の顔に、もう「お嬢様」としての面影はなかった。そこにいたのは、本能的に獲物を守ろうとする、一人の必死な少女の姿だった。

「ちょ、ちょっと!? それ、あたしが先に手ぇ伸ばしたっしょ!」

その口調は、これまでの彼女の「お嬢様」という虚像を、跡形もなく打ち砕いた。 上品な言葉遣いは消え去り、そこにあったのは、普段クラスで耳にする、ごく普通の女子高生が使うような、荒っぽい、しかし親近感の湧く言葉遣いだった。 ユウトは、その豹変ぶりに、目を丸くした。

「い、いや、でも、ほぼ同時でしたし……」 「同時なわけないっしょ!あたし、この時間帯に狙って来てんだから!」 レイカは、まるで喧嘩でもするかの勢いで、ユウトに詰め寄った。その瞳には、割引弁当への並々ならぬ執念が宿っている。 周囲の客は、まだ自分たちの争奪戦に夢中だ。誰一人として、彼らの間で繰り広げられている、この奇妙な「お嬢様」の崩壊劇に気づいていない。

「ち、ちょっと待ちなさいよ!あなた、まさかこのこと、誰かに言ったりしないでしょうね!?」 レイカは、急に表情を硬くし、焦ったようにユウトに迫った。彼女の顔には、割引弁当を巡る戦いとは別の、もっと深刻な「秘密」がバレてしまったことへの動揺が露わになっていた。 ユウトは、花園レイカの、これまでの完璧なお嬢様の姿が、全てが偽りだったという事実に、改めて衝撃を受けていた。

ユウトは、目の前で必死にカツ丼弁当を抱きしめ、普段とはかけ離れた口調で叫ぶレイカの姿を見つめた。 そして、彼の心に、また一つ、誰にも知られてはならない「秘密」が刻まれた瞬間だった。 雨が降る駅前のスーパーで、割引弁当を巡る攻防は、月城ユウトの平凡な日常を、さらに非凡な色彩で染め上げていく、重要な出来事となったのだった。


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