完璧なお嬢様、花園レイカの日常
県立星見高校において、花園レイカはまさしく「高嶺の花」だった。 彼女は、代々続く名家のお嬢様として知られていた。常に高級ブランドのバッグを身につけ、放課後には迎えの高級車が校門に横付けされる。言葉遣いは丁寧で優雅、態度も常に高飛車だが、それが彼女の生まれ育ちから来る「品格」として、周囲に受け入れられていた。
クラスの誰かが困っていれば、そっと手を差し伸べるが、それはあくまで「施し」という形であり、決して対等な関係を築こうとはしない。テストの点数は常に上位、部活動には所属していないが、華道や茶道、乗馬といった習い事に励んでいるという噂だった。彼女は学園における「完璧なお嬢様」であり、その存在は、生徒たちにとってまばゆいばかりの光だった。
誰もが彼女を生まれながらの富と品格を持つ存在だと信じて疑わなかった。彼女の辞書に「貧困」や「節約」といった言葉は存在しない、と。
しかし、その完璧な「お嬢様」の裏側で、レイカの胸中には、誰にも、特に学校の生徒には知られてはならない「切実な現実」が隠されていた。それは、彼女の華やかな表の顔からは想像もできない、厳しく、そしてどこか悲しい「日常」だった。
その日、学校が終わると、レイカはいつものように高級車で迎えに来た運転手付きの車に乗り込んだ。 「お帰りなさいませ、レイカ様」 運転手が恭しく頭を下げる。レイカは上品に頷き、車は滑るように校門を後にした。 車内では、スマホでSNSをチェックする。友人たちの華やかな放課後の様子や、高級レストランでの食事の写真が次々と流れてくる。レイカはそれに「いいね」を押し、時折、自分もそれらしいコメントを投稿する。 「今夜は、〇〇のパーティーよ。楽しみね」 友人にメッセージを送る。そのメッセージは、彼女が作り上げた「完璧なお嬢様」としての姿を維持するための、偽りの言葉だった。
車はしばらく街中を走り、やがて高級住宅街へと入っていく。しかし、目的地はそこではない。高級車は、高級住宅街を抜け、さらに閑静な住宅街へと進んだ。そして、人通りの少ない裏通りに入ると、そこで車は停車した。 「……ありがとうございました」 レイカは、車を降りた。運転手は深々と頭を下げて去っていく。 彼女の顔から、一瞬にして上品な笑みが消え去った。そして、周囲に誰かいないかを確認するように、素早くあたりを見回す。 目の前にあるのは、決して豪華とは言えない、ごく一般的な古びたアパートだった。塗装は剥がれかけ、ベランダには洗濯物が干されている。 ここが、花園レイカの真の住まいだった。
実は、花園家は数年前に事業に失敗し、莫大な借金を抱えていた。両親は必死に立て直しを図っていたが、かつての栄光は見る影もなかった。レイカが通う星見高校の学費も、特待生制度と、両親の無理なやりくりでなんとか捻出されている状態だった。 彼女が身につけているブランド品も、すべては「花園家のお嬢様」という虚像を守るための、安物の偽物か、あるいは親戚から借り受けたものだった。 彼女は、この「貧乏」という秘密を、誰にも、特に学校の生徒には絶対に知られてはならないと心に決めていた。もしバレれば、これまでの努力が無駄になり、学園での居場所を失うことになるだろう。だから、彼女は常に、完璧な「お嬢様」を演じ続け、嘘と見栄で固めた生活を送っていた。 「早く、家に帰って着替えなきゃ……」 誰にも気づかれないよう、レイカは早足でアパートの階段を上っていった。