完璧な「七瀬みこと」の日常
県立星見高校のチャイムが、放課後の到来を告げた。喧騒が波のように教室から廊下へ、そして校舎の外へと広がっていく。その中で、2年A組の教室は、まるで別世界のように静けさを保っていた。窓際に座る少女、七瀬みことは、机上の教科書とノートを、寸分の狂いもなく整理していた。長い黒髪は艶やかに光を反射し、白い肌は透き通るよう。すらりと伸びた手足、控えめながらも知性を宿した瞳。その全てが、まるで絵画から抜け出してきたかのような完璧さを備えていた。
彼女は学園の「女王」と称されていた。成績は常にトップクラス、運動神経も抜群で、球技大会では常にMVP。文化祭では実行委員長を務め、生徒会長からの信頼も厚い。誰に対しても分け隔てなく、しかし一線を引いた上品な物腰で接し、笑顔は常に優雅で、決して乱れることがない。男子生徒からは憧憬の的であり、女子生徒からは畏敬の対象でもあった。彼女が廊下を歩けば、周りの生徒は自然と道を開け、まるで光が差すように彼女の周囲だけが輝いて見えた。
「七瀬さん、今日の数学の課題、もう終わったの?早すぎない?」 隣の席の女子生徒が、呆れたように声をかけた。みことは筆箱を閉じながら、にこりと微笑んだ。 「ええ、先週の授業で少し予習をしていましたから。何か分からないところがあったら、いつでも聞いてくださいね」 その言葉に、女子生徒は「さすが七瀬さん!」と感嘆の声を上げた。みことの完璧さは、誰もが認める事実だった。彼女は常に完璧であり、隙を見せることなど決してなかった。少なくとも、誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、その完璧な笑顔の裏で、みことの胸中には、ある熱い衝動が渦巻いていた。放課後が訪れるたびに、抑えきれないほど高まっていく、ある「秘密」への渇望。それは、学園の誰にも、そして完璧な彼女自身にも、決して知られてはならない、隠された情熱だった。
やがて、教室に残っていた生徒たちもまばらになり、みことは静かに立ち上がった。手には、教科書と参考書が数冊入ったいつものカバン。しかし、その中には、ひっそりと隠された別の「荷物」が収められていた。彼女は誰にも気づかれないよう、一瞬だけ教室の入り口に視線をやった。誰もいないことを確認すると、完璧な表情を維持したまま、静かに教室を出て行った。向かう先は、誰もいないはずの、校舎の奥にある音楽室だった。