手紙
春の終わり、私は母の遺品整理をしていた。
古い桐のタンスの奥から、一通の封筒が出てきた。
宛名は私の名前。差出人はなかった。
中には、手紙が一枚。
「あなたへ
あなたは本当は、私の子ではありません。
あなたの本当の母親は、私の妹です。
あの子は若くしてあなたを産み、育てられないと私に託しました。
私は実の子のようにあなたを育ててきました。
本当のことを伝えるつもりでしたが、いつも言えずにいました。
許してください。
ずっと、ずっと、あなたを愛していました。」
驚きと混乱で、しばらく動けなかった。
私は知らなかったのだ。母だと思っていた人が、実は伯母だったなんて。
そして、本当の母はその妹──つまり“叔母”だったなんて。
混乱しながらも、私は母の妹――「叔母」の顔を思い出そうとした。
…あれ? そんな人、私は一度も会ったことがない。
母のきょうだいの話なんて、聞いたこともなかった。
不審に思い、遺品の中の古い戸籍謄本を取り寄せた。
そこには衝撃の事実が記されていた。
私の「母」として記載されていたのは――
まさに、私が母だと信じていた人だった。
妹なんて、いない。きょうだいは誰もいなかった。
では、あの手紙は一体…。
私は震える手で封筒の中をもう一度確認した。
すると、手紙の裏側に、うっすらと鉛筆で書かれていた言葉が浮かんだ。
「これは、あなたが書いた物語です。
美月、元気でね。」
え?
裏に添えられていたのは、私が十代のころ、夢中で書いた短編小説だった。
「血のつながりをテーマにした物語」
それを母がこっそり保管していたのだった。
私は笑った。涙をこぼしながら。
ああ、母は知っていたんだ。
私が物書きになりたかったことも。
そして、きっとずっと、私の“物語”を応援してくれていたんだ。
――これは、私の書いた「物語」であり、
なにより、母が最後にくれた“愛のどんでん返し”だった。