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【短編小説】yellower

作者: 青いひつじ


黄色の女の子。私もそんな女の子になりたかった。なんて思ったり、思わなかったり。

窓の向こう。風に揺れる校庭のイチョウを眺めながら、そんなことを考えていた。


廊下の隅で立ち止まっていた私の肩に、後ろから歩いてきた女子生徒の肩がぶつかった。


「あ!木村さん!ごめんね!」


隣の女子と組んでいた腕をするりと離し、胸元で小さく手を合わせ、顔をくしゃりとさせた。彼女は黄色の女の子。名前は、岡田ひなこ。私が『大丈夫』と答える前に、とても自然に腕を組み直し、彼女は隣の女子へ視線をうつした。


身長は155センチくらい。小さな顔にショートボブがよく似合う。ぴょんぴょん飛び跳ねるように歩く。いや、普通に歩いているだけなのかもしれないが、私の瞳にはそう映る。

いつも幸せそうに笑っている。彼女の笑顔が見たくて、人が集まってるように見えるほど。

本当に、黄色いお花みたいな女の子。




高校の3年間、私は必要最低限の会話しかしなかった。入学して数ヶ月経ったある日、私を物珍しく思った女子数名が声をかけてきたので、叩きつけるように鞄を机に置いた。私なりの威嚇だった。次の日からどうなったかは、言うまでもない。


ひとりは快適だった。知らないアイドルを、知ってるみたいな顔して合わせなくてもいい。休み時間は音楽を聴くか小説を読むか悩んで、学校が終われば部室で好きなだけ絵を描いて、家に帰って録画したドラマを見て。ラインを気にすることもない。めんどうな喧嘩にも巻き込まれない。

この平穏な日々を誰にも壊されたくない。

だから、廊下に広がって歩くあの女子たちと話すことなんて、この先、一生ない。

彼女たちを通して見える私はさぞ、寂しい人間に映ったと思う。でも、それでよかった。



友達はいないけれど、学校は好きだった。

楽しみは、休み時間と美術の時間。

今日のテーマは「自分」。自分を2色で表現する。

私は、青と黒をパレットに出した。画用紙に水滴を垂らし少し湿らす。刷毛で青と黒をグラデーションにする。細い筆の筆先に青色をのせて、いくつもの山脈に似た波を描く。

夜の静かな海。どこか寂しそうな海。それが私である。

しかし、波の表現が納得いかなかった。もう少し細く描いてみるか。絵を眺め、手を伸ばした時だった。


「うっわー!木村さんの絵きれー!神秘的で、まさに木村さんって感じだ!」


声をかけてきたのは、岡田ひなこだった。

どうして急に声をかけてきたのかは、分からなかった。最初に込み上げてきたのは、突然現実に戻されたことへの不満だった。


「ひなこー、なにしてんのー」

「木村さん絵上手だねって話してたの」

「えー、そー?ひなこの絵も負けてないよー」

「なんかこわーい。すいこまれそー」

「ひなこの絵は黄色とピンクで、ひなこって感じだねー」


私の机を囲うように、女子たちが集まった。すぐにいなくなるだろうと思っていたが、彼女たちは私の絵を見て、各々感想を言い始めた。

ひとりにしてほしかった。それを伝えるために、昔の私は音を立てることしかできなかったけれど、今は違う。私もこの3年で成長した。


『集中したいから、どっかいってくれる?』




成長した、と思う。物に当たる前に一度考えただけでも偉いと思う。暖房が故障したのかと思うほど、その後の教室はものすごい冷気だったけれど。

卒業すればみんな離れ離れ。もう会うこともない人たちに、何を思われてもいい。

放課後も海を描く。今度は少し明るい海。砂浜も描いてみる。貝殻と、流木も。息をするのも忘れて、砂を描く。キャンバスに小指を置いて、一粒一粒。気づけば、時計の針は5時をさしていた。


私は先生に頭を下げ美術室を出ると、下駄箱へ向かった。後を追うように走ってきたのは、岡田ひなこだった。彼女は私を見つけると、一瞬気まずそうな顔をした。

斜め後ろを歩く彼女と私は、会話のないまま、下駄箱へ向かった。

到着し、声を発したのは彼女だった。



「ごめんね。今日。私は本当に木村さんの絵、綺麗だなって思ったんだ」


『そう』


私は自分のローファーへ手を伸ばす。


「でもね、私には木村さんは黄色に見えるんだ。今日みたいな黒と青じゃなくて」


ペラペラと話しながら、彼女は手際よく上履きを脱いだ。私の方を見ている。


『黄色?どうして?』


「いつも自分に正直で、心が曇ってなくて。黄色ってつくれない色でしょ。きっと私は頑張っても、木村さんみたいにはなれない」


彼女の言葉に、また『そう』と返し、つま先を使って上履きを脱いだ。視線はずっと、斜め下を向いている。


「私、アイドルとか好きじゃないんだー。最近流行ってる、あのなんとかってお笑い芸人も、そんなに好きじゃない」


『じゃあ、あなたは青色ね。本当は、心では笑ってない』


私はローファーを地面に落とし、温度のない声で答えた。

視線を上げると、彼女と初めて目があった。

すると彼女は、曇らせた顔を消すように「そうかも!」と笑って、「また明日!」と手を振ると、風のように去っていった。





閉じていた目を開く。時計を見る。5分が経ったようだ。周りの人間も次々と目を開き、自身のキャンバスを見つめる。


私は18歳になった。念願だった美大に進学した。環境を変えても、相変わらず人と話すのは苦手だった。でも、こんな私でも仲良くしてくれる人がいて、受け入れてくれる場所があって、世界は案外優しいな、なんて思ったりする。

窓の向こうでは、植物たちを撫でるように光風が吹いている。もうすぐ、夏が来る。


あの日以来、彼女とは一言も話していない。卒業式ですれ違った時は、変わらず、あのままで笑っていた。

青色のまま黄色で居続けることを選んだ彼女は、今もどこかで、あの笑顔で笑っているのだろうか。



テーマは「思い出」。

私は1番細い筆をとり、パレットに広げた色の中から黄色をすくう。藍色で埋めたキャンバスに黄色をのせていく。

暗い海に、すっと光が差し込むように。その光が水面に点々と散らばって、広がって、海はいずれ黄色い光で満ちていく。

重ねていく。ゆっくりと、夜が明けるみたいに。

タイトルは「イエロー」





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