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トラブルinトラブル

その9 トラブルinトラブル




 「ごくろうさま、篤君。今日は容子ちゃんは?」


 「車の中でちょっと寝ているっす」


 「昨日の今日だもんね。どうせ一睡もしていないんだろう。ちゃんと食べているのかい?」


 少し躊躇った後で、本郷は首を振った。


 多分、飲み物くらいしか口にしていない。


 「やっぱりね。あんたまで倒れたら何にもならないだろって言うんだけど、思いつめたら本当に何も食べられないからね、容子ちゃんは。それじゃ、少しでも寝かしておくかね」


 「はい」


 サヨさんはにこりと笑った。


 「本当に良い子だねぇ、篤君は」


 「・・・・はあ」


 さすがに反応に困った本郷が固まる。


 「容子ちゃんね、元々ああいうの弱いってこともあるんだろうけど、トラウマがあるみたいなんだよねぇ。前の会社で、何かあったみたいだよ。詳しくは聞いていないけどね。責任感が強いから、何でもかんでも引きうけて身動きが取れなくなるんだよね。ま、ここにいるほとんどのもんは、くたばったら寿命さ。自分が好きでここにいる者がほとんどだからね。だから、容子ちゃんも慣れていかないとねぇ」


 長い付き合いになるんだし。


 つぶやくようにサヨさんは付け加えた。


 「・・・・」


 「酷なようだけどね。あたしが願うのは、余計な誤解をしないようにってことだけだね」





 「本郷!!もう、起こしてって言ったじゃない」


 いつの間にか和んでいるしーっ


 がらりと開けたいつもの居間で、二人がお茶を前に話をしていたのを見て眉が跳ねあがる。


 「容子ちゃん、お腹すいていないかい?」


 「え?全然大丈夫。それより、サヨさん、東誠さんのことは」


 昨日ばたばたしていて結局連絡している暇がなかったんだけれど。


 「ああ、それはハヤカワ君だっけ。連絡もらったよ。また新しい子が入ったんだねぇ。待機しているから、新しい事が分かったらすぐに連絡くれるって言ってくれたから、知っているよ」


 面目ない。心配だったのはサヨさんも同じなのに。


 「ごめんね」


 「いーのよ。あんた達がいてくれて助かった。こんなおばあちゃんじゃ、付き添うのも大変だからね」


 「うん・・・」


 何も出来ないけれどね。傍にいても。


 「サヨさん、あの・・・」


 もしも、もしもあの時私が後押ししなかったら、東誠さんは家で一人で倒れていることなんてなかったかしら。


 埒も無いことを・・。


 開きかけた口を一旦閉じる。


 「もう行くね。今日は早めに回らないと」


 あー、なんか情けない。


 いつもいつも散々考えた末に出した結論と思っていたのに。私いっつも結局、後悔してばっかりだな・・・。


 ため息、落としそうになる。


 「本郷、行くよ」


 本郷を促してサヨさんと別れ、次に向かう。


 お喋り元気のみよおばちゃんは、今日も健在だった。当然のごとく東誠さんの状態は把握していて、東誠さんの畑の世話を誰がするかということまで事細かに教えてくれた。


 「あん人も大変だねーぇ。ま、懲りないから、こうなるとは思っていたけど。大丈夫よ、容子ちゃん。憎まれっ子世にはばかるって言うでしょー。そう簡単にくたばらんわ、あの偏屈爺は」


 偏屈・・・。


 少しその台詞に微笑んだ。


 東誠さんとも近所の上、いろいろ交流があるみたいだから余計に遠慮がないが、そのくせやっぱり心配しているのが分かる。今回も、お土産にと野菜をどっさりくれた。


 「食べもんにはうるさいから。病院でも苦労しているわきっと。これ食べさせてやんな。起きたらね」


 みずみずしいいちごに春キャベツ。タケノコまで取り揃っている。


 これ以上の差し入れはないだろう。確かにここの野菜はスーパーで買うよりもずっとおいしいから。


 その心遣いに笑顔を向ける。


 「分かった。届けとく」


 また容態が変わり次第連絡する旨約束して、ワゴンに乗りこもうとした手を掴まれた。みよおばちゃんが顔を寄せてきた。幾分言いにくそうに、眉間にしわを寄せる。


 「そうそう、容子ちゃん。こんな時に申し訳ないんだけど、前預けた佃煮なんだけどね、もう送っちゃったかいね」


 「え」


 「もうとっくの昔に送ってもろたよなぁ?明日出発だもんなぁ・・・ああ、いいんよ。気にせんといてね」


 そそくさと去っていくおばちゃんの背中を見ながら、嫌な予感が脳裏をよぎった。


 そういえばあの佃煮・・・汁がこぼれているからってタッパーを替えようとしてたんだっけ。それで昨日の午後に、送る予定で・・・。


 車の窓から景色を眺めやりながら、徐々に血の気が引いていく。


 忘れてた!!

 うわーっ どうしよう。

 ちらっと時計を見ると、いつもの時間よりもずっと早い。

 この分なら早めに事務所に着けるから、今日宅急便で送れば何とか明日までには届くわよね。大丈夫大丈夫・・・


 「本郷!今日は急いで帰ろう!」


 そうやって、帰路を急かした。





 「真紀さん・・・」


 顔が合うなり真紀さんは首を振った。


 「ダメ。まだ意識が戻らないんですって」


 「そう」


 ため息と共に頷いて、真紀さんを車に促す。


 自分と同様、ろくに眠っていない真紀さんの顔色は青白い。無理もないとは思うけれど。もしかしたら、自分の方がまだ車の中で眠れていたのかもしれない。


 「崇さんと琴美さんは?」


 東誠さんの息子夫婦だ。


 「それが、ねえ・・・。ちょっとまずいことになっちゃって・・・」


 大人しく真紀さんが後部座席に納まると、疲れたように天井を仰いだ。


 「え?」


 「大喧嘩、したの。あの二人」


 「ええ?何で」


 助手席に乗り込んで、思わず真紀さんを振りかえった。


 だって、あの二人は評判のおしどり夫婦で、仲が良いのに。


 真紀さんはエンジンの音に眉根をしかめて目を閉じた。


 「ま、そもそも琴美さんと東誠さんの仲が良くなかったのよ。というか、一方的に東誠さんが嫌っていたみたいなんだけど。それでね、今回みたいなことがあったし、東誠さんが一人で大丈夫だって言っていたけれど、やっぱり同居の方が良いんじゃないかって話が出てね」


 ずっと前からこうするべきだったのかもしれない。一応こっちで緊急時お世話になったけれど、やっぱり離れているからできることにも限界がある。前に倒れた時に、無理やりにでも引っ張っていけばよかったと、崇さんはおのれを責めたそう。しかし、琴美さんはそれが自分を責めているように聞こえたらしい。行きたくないと東誠さんが駄々をこねたのは、そもそも琴美さんを理由にしていたから。

緊張と疲れと、多分いろいろあったんだろうけれども、若い夫婦は病院の廊下で大喧嘩をはじめ、真紀さんが何とか宥めて琴美さんをホテルに送ってきたのだ。


 「全く、その後は病院に戻って崇さんの人生相談のカウンセラーよ。崇さんも優しいけど、東誠さんみたいな気骨がないからなー」


 まだまだ、と首を振る。


 それだけやらかされてもばてていないのはさすが真紀さん。


 「ご苦労様、今日はもう休んでよ」


 「言われなくてもそうする。お肌に悪いわ。あんたも休むのよ。いい?」


 「うん。分かっている。もう今日は限界だもんね。何かあれば崇さんから連絡あるんでしょう?」


 「それは頼んでいるから」


 事務所の前まできて戸を開ける。降りてから運転席を振りかえった。


 「悪いけどこのまま真紀さんを送ってくれる?その後、これで自宅まで乗って行って良いから」


 「ちょっと、容子?」


 「私はちょっとだけ野暮用・・・。早川君帰らせて、事務所閉めておくから」


 気がかりそうな真紀さんと別れ、事務所に上がっていった。灯りが煌煌とついている中をのぞけば、人影が二人。


 「あれ?岩ちゃん、何でいるの」


 「ああ、容子」


 「容子さん」


 二人が振り返る。長身を折り曲げていた岩ちゃんが背を伸ばす。無精ひげの生えたいかつい顔をくしゃりと崩して照れたように笑った。


 「いやまぁ、真紀に頼まれてな、待機要員というか・・暇があれば覗いてやってほしいっていわれていて、俺も気になったもんだから」


 眉根を寄せてそんな岩ちゃんを見上げる。


 「まさか徹夜で詰めていたなんて事はないわね」


 「そんなことしていないさ。お前の方がひどい顔だぞ」


 「みんなして酷い顔っていわないでよ・・・・」


 岩ちゃんは顔を斜め上に向けてがっはっはと笑った。


 「岩村さんがいてくれたんで助かりました。こっちも」


 疲れた様子も見せず、早川はさわやかに笑う。その様子に、少しほっとして肩に手を置いた。


 「ご苦労様。入った早々厄介なことになってごめんね。もういいよ。今日はこれで事務所を閉めるから」


 「そうっすか」


 「そうだな。根を詰めすぎるのもよくないし。これで今日は終わるか。緊急の連絡は携帯に入るんだろ」


 「大丈夫。私が閉めておくし」


 「何だ?まだ仕事する気か?」


 上着を取って戸口に向かっていた岩ちゃんが怪訝な顔で振り返った。


 「なしなし!ただちょっとだけね」


 笑ってごまかして、二人を追い出しておいてから早速部屋の中を捜してみる。決して片付いているともいえない事務所、それも結構広いそこを一通り探し終えるにはそれなりに時間がかかった。



 ない・・・。



 うそでしょう?


 思わずがっくりと膝をつく。


 えっと、ちゃんと考えて。あの時、確か戸口近くのデスクに置いていて。ビニール袋に入れていて。

 それでどうなったんだっけ。


 考えるんだけど、それがなかなか頭から出てこない。


 ・・・・疲れた。

 私ってどうしてこうなんだろうなー。


 頭の中がひとつの事だけでいっぱいになっちゃうの。他の事も考えないといけないのに、全然だめで。真紀さんに全部任せてしまっちゃって、岩ちゃんにもいっぱい迷惑をかけて、情けない。こんなことじゃ駄目なのに。独り立ちしないといけないのにな。


 まずい。落ち込んできているわ。

 とにかく、真紀さんに・・・ってもう寝ているわよね。


 携帯に伸ばしかけた手を止めた。

 ため息をついて立ち上がったとき、背後で扉が開いた。


 「あの・・」


 びっくりして立ち上がる。


 「琴美さん!」


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