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お日サマの理由

その7 お日サマの理由



 「良い所っすね」


 返って来たのがその一言で。


 すごく意表を突かれて、ルームミラーの本郷を見返した。その小さな驚きが弾けるような嬉しさに変わった。



 だって、最初からそう思ってくれるなんて思わなかったから。体力的にハードで、いろいろコミュニケーションもとらないといけなくて、1日で回らないといけない軒数も決っていて、どうしても過密スケジュールになってしまう。こき使うだけこき使われている、そんな言葉が出てくる場合もあると思っていた。


 「本当にそう思う?あんた見る目あるよ、本郷!」


 思わず後ろの座席から身を乗り出して、頭をくしゃくしゃと手で撫でる。


 「わっ」


 その手を逃れようと、本郷が前のめりになる。


 「私ね、私もあの村が大好きなの!」


 「・・・分かります」


 ようやく手を逃れた本郷が席に落ちついた。


 あら、ばればれ?


 それでも嬉しくて、口元がにまにまと緩む。その背もたれの所に寄りかかりつつ、こめかみを掻いた。


 そんなに分かるのかな。


 「一度、恩を受けたんだ。それを返すって意味でもこれをやりたいと思ったし、何よりあの元気なおばあちゃん達に会いたいと思ったしね」


 本郷は真っ直ぐ前を向いて運転をしていたけれど、何故かじっと聞いてくれているような気がして続けた。


 「酷い雨の日で・・・私がここに迷い込んだのは本当に偶然なんだけど。もう、あの日ほど最悪な日はないって思えたわ。道には迷うし、雨は止む気配は見えず、酷くなる一方で、バイクでじゃあ絶対にこのままだと事故になるって思うくらいだったの。暗くてね。この村に至る道、やたらカーブがいっぱいあるでしょ。踏み外したら一巻の終わりだしってそりゃあ恐かった。それで、ここに辿りついたんだけど、今度はバイクが溝にはまっちゃって」


 雨で増水したために、道が全部水溜りになってしまって下も見えないし、お手上げの状態になった。それで、一番近くの家だったサヨおばあちゃんの家に転がりこんだ。


「酷い格好だったと思うわ。上から下まで全身びしょぬれだし、夜になっていたし。さよさんも良くこんな見も知らない人物を家に上げたもんだと思うわ。そこで、待ち合わせていた真紀さんたちに電話をして、1日泊まらせてもらって無事に辿りついたの。さよさんは、それだけって今でも笑ってくれるけど、私にとってその1日が運命の分かれ道ね。その日があるから、今こうして笑っていられるのかもしれないもの」


 我ながら調子が良いと、ちょっと笑う。


 最悪な日々。悪いことは続くものだと思っていた。もう本当にあの雨は、自分の心情そのまんまだった。真っ暗な中で、光を失わずに目を引いたもの。力尽きて、座りこみそうになった。もう絶対に立ちあがれないと思っていたのに、その雨に煙る灰色の空をバックに見つけた、黄色く光っていた季節外れのお日様色の向日葵。それが、こっちだよって誘っていたのだ。雨は必ず上がるから。

いつしか道は薄暗くなって来ていて、ライトをつけていた。


 「この屋号って、容子さんがつけたんですか」


 え・・・っ


 容子は前の本郷を見返して真っ赤になった。


 喋り過ぎた。


 ついつい、聞いているのか聞いていないのか分からないように静かだから、調子に乗ってべらべらと話してしまった。しかも、口を閉ざしてから随分経った後にこの不意打ちの質問だ。


 躊躇ったのは一瞬。


 「そうよ・・・私。言ったでしょう、恩返しがしたかったって」


 うわああああっ ものすごく恥ずかしい。


 口にチャックよ。これ以上喋らないんだから。


 頬が熱くなるのを自覚しながら小さく唸る。幸い夜で、顔の表情なんかは分からないだろう。それでも、のた打ち回りたくなるくらいの恥ずかしさに耐えていると、やっぱり全くそんなことに気付いていないような本郷はいつもどおりに口を開いた。


 「良い名前っすね」


 何か・・・何か本当にこの子って。


 一瞬ぽかんとして、言葉が出なくなった。


 それからくすくすと笑い出す。


 胸のど真ん中に投げる直球ストレート。


 嫌がるのは分かっていて、再び頭に手を伸ばし、意外に真っ直ぐで柔らかい髪を乱暴に掻き回す。


 「良い子っ」


 うん、今度ばかりは真紀さんの人選が当たったのかな。


 けれど、当分そのことは真紀さんには言わない。どうせもっと調子に乗るに決っているから。





 「雨、降らないよねえ?」


 どんよりと雲が立ち込めてきたのを見て、真紀さんが不安そうに上を見上げた。立て掛けてあるハシ

ゴ。その上の方で作業している岩村を見てだ。


 「真紀~今日は大丈夫だったんじゃないのか~」


 その不安が伝染したように、岩ちゃんが下を見やる。


 事務所の外側の壁を塗っているところなので、雨が降ると流れてしまう。


 「真紀さん~!」


 一面の半分くらいすでに塗り終わっている。


 今から言われても遅い。


 「いやーだって、天気予報じゃ確かに大丈夫そうだったのよ。くもりだけど、雨の確率30%だし」


 「30%でも降る時は降るのよ」


 「30%なら、ほぼ降らない、でしょー」


 「違うーっ」


 がっくりと下を向いた。


 朝方結構天気良さそうだったから、油断して天気を確認しなかったのがそもそもの敗因だ。


 「一旦そこまでにしよう、岩ちゃん。雨降ったらなんにもならないし。来週にまた塗るわ」


 「そうすっか」


 岩ちゃんがハシゴを軋ませながら下りてきた。


 「はっきりしない天気だな」


 「ん」


 刷毛とペンキのカンを受け取ろうとすると、岩ちゃんは首を振ってそれを引き離した。


 「手が汚れるぞ」


 「私、何か上で用意してくんね!」


 真紀さんが休憩と見て勇んで上に駆け上がる。


 こういう時だけ元気なんだから。


 代わりにハシゴに手をかける。


 スライド式になっているそれを、ゆっくりと下ろした。手早くペンキ類を片付けた岩ちゃんが運ぶのに手を貸してくれる。


 「あのなあ、容子。この前、偶然雪村さんに会ったぞ」


 躊躇いがちに岩ちゃんが口を開く。


 思わず容子は岩ちゃんを見返して、視線を落とした。

 

 「元気かって聞かれた」


 意表を突かれて、どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。

 

 「そ・・・か。こっちに、戻って来ていたんだ」


 「ああ。こっちに配属になったんだと。一応、このことは言わなかった。元気だってことだけ言っておいたぞ」


 「ありがと」


 ほっと息をつく。


 雪村さんは前の会社の人だ。上司だった人。優しくて、頼り甲斐があって、皆から慕われていた。

会社を辞めて、もう会うこともないだろうって思っていた。それなのに、近くにいるなんて。どこか出来過ぎている。


 「その・・・容子はもう、雪村さんには会いたくない、か」


 「当分は、ね」


 「だよなぁ」


 バリバリと頭を掻いて、岩ちゃんは階段を上がって2階の物置部屋にはしごを下ろした。


 「そう思ったんだけど、とにかくこれ、渡してくれって頼まれた」


 軍手を外して、差し出したのは真っ白な名刺だ。


 雪村聡って真ん中にくっきり黒い文字。事務所の住所と電話番号と、その下に手書きできっちりと書かれた携帯電話の番号。


 「真紀がいたらうるさいからな。いらないなら捨ててくれ」


 「うん、ありがと」


 なんとかそれを受けとって、ポケットに突っ込んだ。


 「ああ・・うん、その・・・。悪いな」


 大きな体で、精一杯縮こまる。その顔が、申し訳なさそうだ。


 「頼まれて嫌と言えなかったんでしょ。らしいね岩ちゃん。大丈夫、多分そのうち、整理がつくから」


 だから、それまでは見ないようにしよう。


 今はまだ、向き合う気もないけれど。そのうち、気が変わるかもしれない。


 扉の合間から楽しげな笑い声が響いてきたので、また真紀さんがどこかに電話しているのかと思って戸を開ける。


 「きゃっはっはっは!いいっ これいい!意外な才能だねー」


 「そうっすか?」


 人数が・・・いつの間にか人数が増えているし。


 パソコンの周りに団子になって皆が固まっている。


 「遅かったねー、二人とも!見てみて。早川君がホームページのキャラクターを作ってくれて。なかなか可愛いんだよ!」


 「こんにちはー」


 早川もこちらを振りかえり、ニコニコと笑う。その後ろに無表情な本郷。


 何故ここに・・・。


 今日はバイトの日、じゃないはずだけど。


 まさかまた・・っ


 真紀さんが?電話で無理やり呼び出しのたのか?


 「真紀さん。だから何度も言っているでしょう?人を巻き込むのもいい加減に」


 「ああ、違うんです。容子さん。俺らバスケの練習終わった所で、この後ヒマだからたまたまここに顔出ししただけなんです。すみません、迷惑でしたか」


 申し訳なさそうな顔でそう説明され、逆に容子は慌てた。


 「ううん。そんなことない・・けど」


 いや、でも大学生で遊びたい盛りならこんな所にこなくってもやりたいこといろいろあるだろうに。


 「容子はすぐ私を疑うんだからー」


 真紀さんは脹れるが、これは自業自得。日ごろの行いが悪いんだからしょうがない。


 「で、ちょっとホームページ作ってみたんですよ。これから作るって聞いたんで、良ければ見てもらえますか」


 画面を覗き込むと、メインページは太陽のイラストが踊っていた。太陽の炎の部分と眼の部分が動いていて楽しい。特に、目が見開いたりにっこりと笑ったりしているのが面白い。それを作ったのが、背の高いスポーツ青年であることになお可笑しくなってくすっと笑った。


 「どうです?」


 「可愛いでしょー?」


 「うん。可愛い。これ、全部作ったの?」


 「そうです。良かったら使ってもらえますか」


 へえ、なんか意外・・・。


 こういうの、作るんだ。


 まあ、この子が運動部ってのも驚いたけどさ。一見文化部っぽいし、お洒落な青年って感じなのに。


 「もちろん」


 ホームページは作る予定だったからパソコンも事務所用を買ったんだけど、製作はできる奴いなかったからもう少し余裕資金が出来てからって思っていたんだ。ラッキーかも。


 「でねー。彼もここで働いてみたいって!ちょうど良くない?パソコンのコト頼めるよー」


 「ええ?!まじで?」


 びっくりして相手を見返す。


 「はい。希望っス」


 えええええ?!何でまたこんな所に。


 「早川、お前いきなり何言っているんだ。すみません」


 ぼそぼそと本郷が割りこんできて、早川の肩を引く。軽く頭を下げられて、そっちの方が焦る。


 「いや、別に、謝らなくっても」


 別に困っている訳でもないし。強いて言うなら困惑、しているけど。


 「ま、事務所に真紀だけじゃないほうが良いんじゃないか。プラスアルファ、HPやってくれるんならいいんじゃね?」


 すでに前回顔見知りになっているからか、岩ちゃんも丸太の様な腕を組んでそんなことを言い出す。乗り気なくらいだ。もちろん、乗り乗りの真紀は、眉をひそめてじと目で容子を見てくる。


 「何?容子反対なの?」


 「いや・・反対じゃないけど・・・」


 「じゃー、いいじゃん。文句なし、でしょー」


 いや、別に文句あるわけじゃないんだけどさ。こんな不安定な職場に、バイト君ばっかり増やしていって良いのかしら・・・。


 「だってー。容子も了解したから、じゃあ晴れてうちで採用ってことで、よろしくねー早川俊之君」 

 だから、何だってあんたはそうお手軽になんでも決めちゃうわけ?!


 「あの・・・早川君?一つ言っておきたいんだけど、うちってば今の所大した時給払えないよ?おまけに、お願いするのフルタイムじゃないし、不定期になるかもしれないけどいいの?」


 他のバイトが出来なくなる可能生が出来て来るし、遊びの計画とかも立てにくいかもしれない。給料は大したコトないし。かなり条件悪いと思うんだけど。


 しかし、早川はさわやかに笑った。


 「ああ、それはこいつからも聞いていますから。大丈夫、いいですよー」


 そうあっさりと言われては、これ以上いうことはなくなるけど。


 「分かったわ。よろしくね」


 「よろしくお願いします」


 うーん。いいのかな。


 そう思っていたら、本郷の顔が目に入って来た。


 珍しい。いっつもほとんど動かない無愛想な顔が。戸惑ったような困ったような顔している。


 「どうした、篤。そうか、俺がいっしょに働くのがそんなに嬉しいか」


 その顔に、にんまりと早川が笑う。


 「ち・・違っ」


 みんなの注目を集めた本郷は、さらに慌てた。


 「照れるなって。こいつ、こんなでかいなりしているくせに肝が小さいんですよ。ただでさえ人相悪いのに、緊張すると脅しているような目に見えるでしょ。だから、一人で出歩かせたら大変で。前なんていかにもその筋のお兄さん達に因縁つけられてましたしね」


 「早川っ」


 際限なく喋る早川の口に、本郷が飛びつく。


 「けれど一番ダメなのが女の子なんですよこいつー。だから、ここ来てびっくりして。周り年上の女性ばっかりの中で働いているって言うんですからね。これはもう、見に行かないと損だと」


 ひょいっと素早くその手を逃れて早川は容子の背後に回りこむ。盾にされて、容子は少なからず慌てた。


 ええ?!ちょっと・・何故こっちに・・。そんなことされたら来るじゃないかぁ。


 「早川あ―っ」


 ぐるって振り向いた鬼気迫る感じの本郷と目が合う。腰が引けた。


 だからその目つきが恐いって・・え?


 目があった途端、見ものだった。怯んだのは本郷も同じで、それ以上に頬が真っ赤に染まっていったのだから。


 これは、凄いかも。


 思わずぽかんと見ていると、本郷は口元を押さえて横を向き、早川が笑いながら本郷の肩を叩いた。


 「ねー、可愛い奴でしょ。前髪を伸ばしているのも、この意外な赤面性見られるのが嫌なんですよ。それでもっと目つき悪く見えるってのに、馬鹿ですよねー」


 「うるさいっ お前は黙れっ」


 真っ赤になっている本郷が、後ろから首を締める。


 「うーん、そうか。篤君が可愛いのは知っていたけどここまで可愛いとは、知らなかったわ」


 真紀さんが感心したように言ってくすくす笑った。


 「でしょー?からかって遊ぶと楽しいんですよ、これが」


 「早川!!」


 びりびりって部屋が震えるくらい大きな声。


 嫌、何かすっごくびっくりした。意外と言うよりも、驚きすぎて。


 事務所が広いのを良いことに、二人は実に仲良くじゃれ合っている。


 なりは大きいが、まるっきり子どもだ。


 「元気だよねえ」


 真紀さんが笑うのにつられて、容子も笑い出していた。


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