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村のオキャクサマ達

その6 村のオキャクサマ達



 「そうなのよ、篤君!この子ってば道に迷いまくってここに辿りついたのよ。全くの偶然で。ろくに地図も見ないんだから。これでバイク乗ってんだから、信じがたいわよね」


 「真紀さん!今のすっごく省略して言ってくれたわね?」

 むうっとして真紀さんを睨む。


 「省略じゃない。簡潔に要点を述べたのよ」


 こういう時だけ口が回る。いつもは無駄な事しかいわないくせに。


 ちらっと本郷篤を見て目が合うと、思わず口を開いていた。


 「ツーリングに行く予定で、待ち合わせをしていたの。その頃あたしはこっちに住んでいなかったから、待ち合わせをすることにしたの。そこまでちゃんとルートも確認したらよ?途中で崖崩れがあってルートがしばらく通行禁止になっちゃって。雲行きは怪しいわ風は強いわで、仕方なく迂回路を探したの。山の中だし、戻りたくなかったし。それで、すぐに土砂降りの雨になって、この村を見つけたの」


 「言い訳じみているわよ」


 分かっているわよ!!


 「その土砂のお陰だねえ。容子ちゃん達とこうしていられるのも。人の縁なんて不思議なもんさね」


 柔らかいサヨさんの声は、ぶつかり合う言葉をも優しく包んでしまう。刺々しくなりかけた空気を穏やかにする。


 肩の力が抜けて、真紀さんと目を交した。

 そして、眉を落として真紀さんがサヨさんに笑いかけた。


 「そーね。すごくラッキーな事だったわよ。私、サヨおばあちゃん大好きだもの」


 「おやおや、嬉しいね」


 りりりん!


 けたたましいくらいの大きさで、電話が鳴った。


 電話は居間からすぐの廊下に置いてあるのだが、手を伸ばせば届く位置らしく、サヨさんは体をずらして受話器を取り上げた。


 その時の重たい黒電話の受話器を抱えているサヨさんは、置物にしたいくらい可愛らしい。体が小さい分、受話器の部分が不釣合いに大きく見えるのだ。もちろん、ダイヤル式の黒電話だ。


 電話口に響いてきた声に、相手が誰だかすぐにわかった。


 容子は真紀さんと目を見交わした。




 「何をぼんやりしている、ほれそこの坊主。とっとと上がれ」


 玄関口に運んできた荷物を一瞥する前に、出迎えた人物は当然のごとく顎をしゃくる。


 「東誠さん、あんまり張りきり過ぎたらまた腰がおかしくなりますよ」


 たたきの上に一旦荷物を下ろして容子は男を見上げた。頭をしゃんと上げ、背はやや前かがみになっているが、不具合そうな所は見られない。足腰もしっかりとした痩身の老人だ。手には一升瓶が握られていた。

 畑から戻ったばかりといった出で立ちで、やはり足元が泥で汚れている。


 じろりと老人は容子を見下ろしてきた。


 「別に心配してもらわんでも、自分の体の事くらい自分でようわかっとるわ」


 「・・・ってまた昼間っからお酒」


 「はよ上がれ!お前等来るのが遅すぎる。飯の時間が延びたじゃないか」


 憤然として老人は踵を返す。


 その背を見送って、後ろからやはり一升瓶を抱えて入って来た真紀さんがくすくすと笑った。


 「相変わらずだねー東誠さん。お昼は毎回ここで取っているの?」


 「まあね。なんかそうなっちゃって」


 本当は、こういうのってあんまりしたくない。


 だって、こっちはきちんと報酬をもらってやっている仕事だから。時々ご馳走になるんだったら良いけど、ほぼ毎回ここでご馳走になっているというのはだから困っているのだ。けれど、ぐずぐずしていようものならサヨさんの所に電話で確認をとって来る。サヨさんもそこは承知していて、東誠さんから連絡が来たらすぐに行っておいでと手を振ってくれる。小さな村のこと。すぐに話しはみんなに知れる。どうせこの日の夜には東誠さんの所で容子達が何を食べたのかという献立まで村中が知ることになるのに違いない。


 それはともかく、と本郷をちらりと見やる。


 未だ未成年とはいえ、大学生でお酒が飲めないと言うことはないだろうが。


 「篤君、日本酒飲める?」


 同じことを真紀さんが本郷に尋ねる。

 本郷は一つ頷いた。


 「んじゃ、問題無し」


 あるって・・。


 「真紀さん、運転は?」


 「あんたがやりなさい。絶対に男の子ってんで目え付けられるから、篤君は」

 

 「・・・・・」


 もはや何をいう気力もなく頷いた。


 真紀さんの目がきらきらと輝いていた。


 彼女は酒が大好きだ。特に、日本酒には目がない。そもそもここに運んで来る日本酒を酒屋のレパートリーから選んでいるのは真紀さんだ。結果として、自分の好みのものばかりを配達しているというわけで、期待を裏切るものはここにはないのである。真紀さんがここに来たがったのはこれが原因でもある。


 それから、実に素早く荷物を大雑把に整理すると、さっそくみんなして居間に上がりこんだ。卓上には大きめの皿でおかずが並んでいる。ご飯からお味噌汁まで立派に整った昼食。


 本当にこれを東誠さんが作っているのか、いつも不思議だ。


 全然負けているし・・・。


 口にご飯を運びながら、唸ってしまう。


 煮物なんて未だにうまく出来ないのに、味噌汁といいおかずといいまさにお袋の味だ。


 その張本人は、斜め前に座ってすでに顔を赤らめているけれど。


 「もっと飲みねえ!いやー、そうか。あんたが来るんか。いい飲みっぷりだ!!」


 ぐいぐいと機嫌良く東誠さんはグラスにお酒を注いでいく。少しでも飲んだらそこを埋めていく。自分の分だけでなしに、真紀さんにも本郷にも。真紀さんの選ぶ日本酒は少々くせがあって玄人好みのお酒なので、容子は匂いだけで酔いそうだ。かと言って全く口をつけないわけにもいかず、少しずつでも口をつけていると、またそこに注ぎ足されるといった具合だ。


 「そーなの!篤君はねー、こう見えて大学生のバスケ部員なんだよね!力も強くってさー。んで、いける口だよーこの子。顔色変わっていないじゃん!ひょっとしてめっちゃ強いんでしょ?」


 「いや、部活の仲間にはもっと強い奴います。前来ていた早川もかなり強いし」


 「そうなの?あんなにお坊ちゃんって顔していたのに」


 どこかずれた所で真紀さんが感心する。


 「んじゃ、今度また飲まないとねぇ」


 「んあ?飲むだと?どこでだ。まだ仲間がいるんなら、みんなここに連れて来たらいいじゃねーか」


 「あっはっは、そーだよねえ。それなかなかいいじゃない!東誠さん」


 「だろー?そう思うだろう」


 「ダメです!!」


 酔った勢いで何を決めるか分からない。


 「何だよ、いいじゃねーか。別に酒を飲むくらい」


 「ダメです。そんなことしたら帰れないでしょう?」


 「泊まればいいじゃない。容子」


 真紀さんが余計な口を挟む。


 「そーでい!決ってんだろう」


 東誠さんは赤ら顔でグラスを高々と持ち上げる。


 「決り決りー!」


 真紀さんもグラスを重ねた。


 「二人とも!東誠さんも飲み過ぎ!」

 

 昼間っから本格的に二人は顔が赤くなってきている。


 止めてよこんな所で・・・。真紀さんあなたは止める立場でしょお?!


 「けってやんでぇ。俺が認めるまで何度でも来るって言ったのはおめーだろうが」


 「言いました!だからまた次の週も来ます!だって、私達は東誠さんの息子さんにきちんと頼まれているんですからね」


 赤ら顔になってもなお眼光鋭い東誠さんの表情は、それほど強面ということでもないのにかなり恐い。さらに据わった目でこちらを向かれると尚のことだ。その視線に気圧されないように、じっと見返すのは、本当はとても肝が冷えた。でも、ここで負けては仕事にならない。精一杯見返していると、舌打ちして東誠さんがグラスを置く。


 「うっせーな。おめえ、まるで俺の死んだ上さんみたいにうるさい。まったく、息子に言っときな。余計な事をするんじゃねーって。俺はおめえらなんぞに頼みやしねえよ」


 「ご自分で言ってください。出来れば電話でもしてあげてください。東誠さんのこと、心配していましたよ。向こうからかけても全然つながらないって」


 さらに舌打ちをして、横を向いた。手を振る。


 「うるせーな。そんなめんどくせー。もう行っちまいな。酒はうまく飲みたいからな。次は来んでいいぞ」


 その横顔にさらに口を開きかけて、容子は再び口を閉ざした。


 いつものことなのに、この自分勝手な老人に突き放されると、やたら悲しくなってしまう。これ以上いうのは逆効果と判断して、容子は立ちあがった。


 「また来週来ますね」


 東誠さんはやはり背中を向けたまま、うんともすんとも言わない。


 残りの二人を促して、再び車に乗りこむ。


 すでに半分眠っている真紀さんは、何とか助手席に乗せた所で瞬く間に寝込んでしまった。酒が入ると寝つきがいいのも真紀さんだ。運転席に着こうとしている本郷を振りかえった。


 「運転代わろうか。飲んでいるでしょ」


 「いや、大丈夫っス。一杯も飲んでいないし」


 確かに顔色一つ変えていないし、全くのいつも通りだ。相当酒に強いのか、それとも顔に酔いが出ていないだけなのか。


 大丈夫そう・・かな。※


 頷いた。


 「分かった、じゃあ次ね」


 容子は車に乗りこんだ。




 しかし、良く働くじゃない。


 かなり意外である。


 今時の大学生。自分の時とも考え合わせると、まあ真面目な子はとことん真面目に働いていたが、もちろんそうでない子はひたすら楽をしようとしていた。どちらかといえば、後者かなという印象があった。ぬぼっとした印象だし、そのくせ目つきはやたら悪い。体格は良いが、言われたことだけこなせれば上等の、気働きのない子という印象があった。それが、良く動く。こつを掴めば、一人できびきびと動かして荷物を下ろしていく。無愛想で無口だが、やるべきことはきっちりやる。

 

 そればかりか、予想に反しておばあさん方に妙に人気があった。実はそれが一番意外に思っていたりして。


 開口一番、初対面のおばあさんから、

 「あんたが篤君?いやー良い男だねえ!!聞いていた通りだ」

 と嬉しそうに言われるのだ。


 やはり、嬉しくなさそうに見える無愛想な顔ではあ、と本郷が答える。


 それを見て、つくづく侮れないネットワークだと思ったりする。女子高生並みの情報の速さだ。


 「背が高いねえ」


 感心して一通り本郷を見て終わったみよおばあちゃんが、今度はニコニコとこちらに振りかえった。


 「容子ちゃん、聞いとくれよ。今度私の娘がアメリカさんに行くんだと。随分長いこと行くらしくてねえ」


 「へえ、そうなんだ。凄いわね。旦那さん仕事何やっているの」


 「何だっけね・・。難しいこと言っていたわ。とにかく、急に決った話でな、もう今月末には出るんだってよ。まだはっきり決ってないみたいなんだけれど」


 ちょっと目を見開く。


 「随分急じゃない。月末ってもうすぐよ?」


 「そうなんよ。それで、近くの飛行場から経由して向こうに立つって聞いたから、それまでにあたしが作った佃煮、持って行ってもらおうと思ったんよ。さすがに見送りには行けんからね。旅行じゃない海外は初めてだからねぇ。不安そうだったし」


 四角い大きなタッパーを持ち出して来る。中にはぎっしりと佃煮が詰まっているようだ。手にするとずっしり重い。


 容子は笑顔になった。


「任せておいて。みよおばあちゃんの佃煮、おいしいもんね」


 みよおばあちゃんは赤ら顔でからからと笑った。


 「嫌だよう。誉めても何も出てこないからね」


 ここのおばあちゃんは皆元気だ。


 この相変わらず、が嬉しい。


 「他にはない?」


 「そうねぇ。そうそう、野菜これ、うちで獲れたの持って帰んな」


 「いつもありがとう」


 キャベツにタマネギ、山菜などを入れた篭をくれる。


 「いいのよ。そうだ。次は布を少し買ってきてくれるかい?サヨちゃんがパッチワーク始めたって聞いて、あたしもやろうかなって。ああ、おじいさんには内緒ねー」


 縁側で本郷と話しているおじいさんの方を見て、こそこそ声を潜める。可愛らしいパッチワークを作ってびっくりさせると言うのだ。


 くすくす笑いながら、頷いた。


 「分かったわ」


 全部を回るともう夕暮れが迫ってくる。


 追加された注文や預かりもの、そしておすそ分けにもらった野菜や果物がワゴンをまた一杯にしている。


 真紀さんはまだ良く眠っている。この分では着いてから起こすのに苦労しそうだ。


 運転席の本郷を見やった。


 荷物の上げ下ろしは結構な重労働のはずだけれど、見た目には全く平気そう。口数が少な過ぎるけど、問えば答えるし、村人の反応もまずまず。


 かなり辛い点をつけたくても、今の所非の打ち所はない。


 合格、かなあ・・・。


 覚悟していたのがあまりに酷かったせいかもしれないけれど。あの真紀さんの適当な人選が当たったなんて思いたくないけど。でも、それを差し引いてみても想像以上の人材だったようだ。


 「ねえ、今日1日やってみてどう?」


 本郷は、自分からは何もいわない。そりゃあ、周りが年上の上司ばっかりじゃ、素直に言えないのかもしれないけど。どこまで本音が出るかな、と気軽に聞いてみた。疲れたとか、それほどでもないとか、早起きが辛いとか、そんなことが返ってくるかなと思っていたんだ。



※飲酒運転は絶対に止めましょう・・・・・ネ

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