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菜の花のお出迎え

その5 菜の花のお出迎え



 調子良く魚市場に肉市場を経由すると、スーパーが開く時間帯になってくる。そこで必需品を買い込む。

 トイレットペーパーにティッシュにサランラップ。牛乳とかの乳製品。次が酒屋。

 

 結構山間で寒い地方だからか、おじいちゃん達は結構皆お酒を飲む。いける口の人が多いので、酒屋では結構な量の日本酒を買い込むことになる。それを積むと、もうワゴンはパンパンに一杯になった。


 それらに場所を脅かされながら、何とか体一つを席に押しこむと、ようやく真紀さんが寝ぼけ眼をしながら起きてきた。


 寝過ぎだよ、真紀さん・・・。いつもより寝ているでしょー。


 「おっやー。おはよう、篤君。容子すごいねー。もうそんなに回ったんだ?」


 上体を後ろにひねって真紀さんは目を丸くする。


 「もう11時回っているよ。よくもまぁこんな所でぐうすか寝ていられるよね」


 怒る気力も失せて、ひたすら呆れたように真紀さんを見返す。


 空気を振るわせる轟音のエンジンも、クッションの良くないシートも、真紀さんにとっては何ほどのことでもないようだ。まさにメガトン級に太い神経。ここまでくるとうらやましくなってくる。


 「次はもう村よ」


 「そっかー。久し振りだなー。サヨおばあちゃんとか元気かな?電話でしか話していないからね、ここんとこ」


 それもこれも、真紀さんがこれを運転できなかったせいだ。


 初めは二人で乗ってこうして集めていたんだけど、そのうち手が回らなくなった。

 

 事務所がなかった時も自分のマンションを臨時のそれにしていたんだけど、荷物の受け取りやら電話の応対やらの雑用で一人は残っていなくてはいけなくなった。事務所を借りるようになってからは、もちろん留守番に絶対に一人いる。それはもう、真紀さんにやってもらうんだけど、この週2日の大仕事は、とてもじゃないけどずっと一人では無理。

 

 最悪臨時でもサポートがいるってことで、急遽バイトの募集をかけたということだ。


 郊外に出てしばらくいくと徐々に山道に入っていく。


 サクラは過ぎたけれど、若葉のグリーンがとても綺麗だ。高々と伸びた木々が道路を覆い被さるようにして枝を斜めに差し上げる。降り注ぐ陽光がまだらに降ってくる。


 エンジン音は凄いのに、規則的に揺れる振動のせいかひどく眠たくなってくる。一仕事をして体力を使った後となれば余計に。


 「あはははー、そうでしょ。そう思うでしょ?皆に言われたよ。お弁当屋さんかって、ねー容子」


 またそれか。


 ため息を付きそうになる。


 真紀さんは逆に元気一杯。にこにこ笑って振り返って来た。


 「篤君に話してあげたら?そもそもこんな事をはじめようと思ったのも、こんな会社名にしたのも、全部容子が原因だもん。あのねー、元々あたし等、バイク仲間だったの」


 「え、バイク?」


 ちょっと驚いたように本郷篤はちらっと真紀さんを振り返る。


 それはそうだろう。真紀さんは一見細身だし、背中までのロングソバージュの髪に、今だって小花模様のコットンワンピース。足はさすがにスニーカーだけど、いつもならサンダルをはいているはずの出で立ちだ。対する私はデニムジーンズにトレーナーにスニーカー。この仕事でワンピースを着る真紀さんが凄いと思う。それでなくても私はパンツ派だからな。


 「そうそう。昨日会ったでしょ、岩ちゃん。彼と3人で、ツーリング仲間だったんだー」


 そういえば、ここ最近ツーリングに行っていないな。せっかく新緑の良い季節なのに。


 「・・・何に乗るんスか」


 やっぱり表情の読めない声で本郷篤がぼそぼそ聞いて来る。これでも驚いているんだろう。きっと。


 「私?バルカンの400!容子はシャドウだよね!」


 「え・・うん」


 「岩ちゃんがゼファー750だよー。次1000くらいのおっきいのが欲しいって。最近その為にお金貯めているんだってさ。何?詳しいの?篤君もバイクに乗る?」


 「前乗ってました。今は車の方乗っているけど」


 へえ、こいつも乗るんだ。


 「そうなんだ?篤君ならカッコイイだろうなぁ。何のバイク?」


 「GSRっす」


 「今は乗っていないの?何で?乗ろうよ今度」


 「次、左ね。真紀さん、無理に誘わないの。今持っていないならすぐは無理でしょう。バイク買うのって高いんだから」


 新聞の勧誘並にしつこくなってきた真紀さんを止める。


 仕事は仕事。プライベートはプライベート。どうも、元々仲間って人と仕事をやりだすとそこら辺がごっちゃになって来る。特に、真紀さんはごちゃごちゃにするのが得意だ。

 こいつもあんまり真紀さんみたいなの、得意そうじゃないしな。


 ぷうっと真紀さんが不満そうに脹れる。


 「いい大人が脹れない!」


 幾つだアンタは!!


 それなのに、本郷篤は顔色も変えずぼそりと返した。


 「いいっすよ。友達に持っている奴がいるんで」


 げげっ


 無愛想なくせに何でそう付き合いが良いんだ。本郷篤!!


 「だってー。さっそく計画立てようよ!」


 早くも真紀さんはるんるんと楽しげだ。


 頼むから、頼むから仕事を優先してね、真紀さん・・・。


 道を曲がると、景色はまた少し変わった。それなりの道幅を持っていた道路は急に狭くなり、車2台すれ違えるかどうかやっとというところ。しかも、カーブミラーが錆びていたりしてあんまり役に立たない上に、もの凄いヘアピンカーブが続いている。道の片側は崖だ。今は淡い緑に覆われている谷だけど、落っこちたら、ということはあまり考えたくないくらい険しい。陽光はすっかり生い茂る木に追いやられ、直射は中まで入って来ない。


 滅多に車が通らない道ではあるんだけれど、時々ツーリングのバイクなんかが通ったりするから侮れない。ここが最大の難所だ。くねくねとした道をクリアすると、急に視界が開ける。段段畑が山の上のほうまで続いている。そして、出迎えるように黄色い花が畑に群をなして咲いていた。


 「・・・菜の花だぁ」


 うわあ・・・。


 思わず歓声を上げる。


 圧巻だった。道沿いの畑に咲いている黄色い花花花。花の絨毯だ。一面の菜の花が揺れている。木々のトンネルをくぐってきた直後なものだから、一層目に鮮やかな色を刻み付ける。

なんか凄い、懐かしいな。


 思わず微笑む。


 初めてこの村に来た時も、こんなんだった。咲いていたのは菜の花じゃなくて、夏のなごりの向日葵だったけど。やっぱり目の醒めるような黄色い顔で迎えてくれた。


 「容子、まずはサヨさんトコ?」

 「ん、そう」

 「はあい。じゃ、篤君まずはあの家ね!」


 ひょいっと家を指す。何しろ、さえぎるものがないから、全部指で指し示せちゃう。本格的な日本家屋といった風情の大きな家に、まずは乗り入れることになった。





 「こんにちはー!」


 前庭の所にワゴンを乗り入れると、まるでその事を知っていたかのようにサヨさんが姿を見せた。


 「良く来たねえ。容子ちゃん、真紀ちゃんも」


 手に乗りそうなくらい小柄なサヨさんは、顔に一杯刻まれたしわを一層深くしてにこにこ笑った。スモックみたいなエプロンに日よけの帽子をかぶっていて、外の畑から帰ったばかりのようにも見えた。足腰はさすがにしっかりしている。スローモーだけれど、確かな足取りでワゴンの方に歩いてきた。


 「今日はいつもより早いんじゃないのかい?」

 「うん、そうなの。容子が・・」

 「全部スムーズだったからね、サヨおばあちゃん!」

 真紀さんの台詞を遮って、大きく言う。


 一々うるさい。4時に集合させられたのがよっぽど嫌だったのだろうか。

 ずーっと寝こけていたくせに。


 「そうだ、サヨおばあちゃん、彼が新しいバイト生だよ。本郷篤君!!」


 さっそくワゴンから荷を下ろしている本郷篤を指す。


「おやまあ、随分背が高いねえ」


 確かにサヨさんからみれば、小山のように大きいに違いない。まるで小人と巨人だ。


 本郷篤はぺこりと頭を下げた。


 彼に負けずに荷の積み下ろしに手をかける。まずは、果物野菜類をさよさんの分だけ選別し、一番下のクーラーボックスを引き出そうとする。これが魚用と肉用それぞれあって実に重い。とても一人じゃ持ちあがらないので、真紀さんを呼ぼうと振りかえった。そしたら、別の手が伸びてクーラーボックスを引き取った。


 ひょいっと一人で重いクーラーボックスを持ち上げて、下に下ろす。


 「さすがさすが!力あるよねぇ。篤君。やっぱり正解でしょ、容子!」

 すかさず真紀さんが誉める。さっきまでこっちを見向きもしないでサヨさんと喋っていた姿には思えない。心なしか、えらそうでもある。


 「うん」


 ちょっとびっくりしていたんで、思わず頷いてしまい、慌てて内心首を振る。

 まだまだ・・どんな奴なのか分からないもの。


 言われる前から次に肉用のクーラーボックスまで下ろしてくれたので、取りあえず魚用のクーラーボックスの蓋を開ける。


 「お魚、いいのが入ったの。まだお刺身でも行けそうだから」


 捌いてある切り身と尾頭付きの魚が一杯積めこまれている。その中から幾つか選び出してビニールに詰めた。


 「まあ、お刺身ねぇ。いいねぇ。いつもありがとうね、容子ちゃん。新鮮なお魚でお刺身なんて、前じゃ滅多に食べられなかったものね。今じゃ毎週ご馳走だわ。それじゃ、さっそくヒサちゃん所も呼ぼうかね」


 嬉しそうにそれを受け取る。


 「お酒もあるよー。ほら。今日は酒盛りなんだ?いいねえ」


 一升瓶を抱えて真紀さんがラベルを指し示す。サヨさんはこう見えて結構な酒豪だ。こうしてご馳走が手に入ったりすると、たちまち近所の人達が集まって宴会になることも珍しくない。お酒の好きなもの同士、わいわいやっているサヨさん達は、本当に歳を感じさせない。

 その場面が想像できて、笑えてきた。


 「真紀さん、それお台所に持って行って」

 「了解!」


 勝手知ったるという奴で、真紀さんがスタスタと家に入って行く。


 「本郷!あんたはこの果物と肉ね。台所は玄関入って左」

 「それじゃ、あたしも案内しようかね」


 サヨさんがのんびりと家に歩き出す。それに続いて本郷篤がダンボールを持って歩いていく。そして、残りはトイレットペーパー類。嵩張るそれらを引っつかみ、家の所定の場所に持って行く。ストックされている所に積み上げて、次にすぐ出せるように必要ならビニールを開けておく。サヨさんは一人暮し。旦那さんはすでに随分前に亡くなっている。来た時に出来ることがあれば、使ってくれるように言ってあるけれど、今の所あんまり不自由はないようだ。


 「容子ちゃん、ご苦労様。みんなでお茶にしましょ。前におはぎを作ってね」


 サヨさんが手招きする。

 逆にこうしてご馳走になってばかりのような気がする。動いているはずなのに、一向に衰えを見せない体重の原因はこれなんじゃあと思うんだけど、サヨさんの腕は絶品。この誘惑にはいつも抗えない。付いて行くと、すでに二人は居間に座り、おはぎをご馳走になっていた。


 「おいしいよー、容子!もう、サヨおばあちゃんの料理は絶品だよね!甘味もばっちり!」


 幸せそうに真紀さんが笑っている。


 「そうかい?やっぱり食べてくれる人がいると、腕のふるいようがあるってもんだよ」


 サヨおばあちゃんも嬉しそうに笑いながら、一緒に座っておはぎの乗ったお皿を引き寄せる。


 「篤君、甘いの好き?」

 「和菓子は好きっス」


 真紀さんの向かいに座っていた本郷篤はおはぎに手をつけながら頷いた。


 てっきり苦手そうにも見えるけどな。


 意外に思いつつ、真紀さんの横に腰を下ろして同じようにおはぎを頂いた。

 懐かしい味。ほんのり甘くて幸せになる。


 「そっかー。じゃ、ここに来るの楽しみだねえ!」

 「それは嬉しいねえ。腕をふるわなくっちゃ」

 「また今年も、品評会に出すの?」


 サヨおばあちゃんは、和菓子の品評会に毎年作品を出品しているのだ。おととしは銀賞をもらったくらいの腕前だ。


 「そうだよ。今年は金賞間違いなしさ。また、試食をお願いするね」

 「大歓迎」


 相変わらず元気の良いおばあちゃんに、容子は笑った。


 「容子ちゃん達が来るようになって、もう半年だねえ。早いもんだ」

 「あははは、そうだよね。ようやく半年!でも、順調に来ているよね?あたしもびっくりだけど」

 「真紀さん・・・・」


 他人事ですかあなたは・・・。


 「だってまさかさ思わないじゃん。1年前は容子普通のOLだったのに、いきなりこんなことして独立しているなんて」


 「確かにね」


 確かに、考えもしていなかった。半年前までは。


 「OLだったんっスか」


 とことん表情に乏しい奴だけど、驚いているんだなというのは何となく分かる。目を見なければまだましなんだけど、目を見ると妙に迫力があるからこいつは。ドーベルマン辺りに睨まれている感じがする。


 「まあね・・」

 頭を掻く。


 「容子ちゃんが初めてここに来たのは、今日みたいな良い天気じゃなくて酷い土砂降りの雨だったねぇ」

 サヨさんが庭の方を向いて目を細める。



 この庭先の向日葵は、今年も咲くのだろうか。


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