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出陣の日

その4 出陣の日



“お日様お届け屋さん”は宅配サービスだ。



 顧客は山間の小さな村。

 

 定期便が週に2回、注文の品を直接自宅に届ける。その村と言うのが、近くに30軒くらいしかない本当に小さなところで、スーパーはもちろんコンビにも病院もない。


 学校も廃校になっているので、子どもがいるくらいの夫婦は町に出て暮らさなければならないという極め付きに田舎で不便な所だ。もちろん、電車もバスも通っていない。


 やっぱり利用者が少な過ぎて撤退してしまったとのこと。


 そんな不便な所に生活しているのは、平均年齢が65歳というお年寄りばかり。もちろん免許もろくに持っていない。移動手段を持たない1軒1軒に注文の品を届けるのが仕事。その内容は大抵生活必需品で、魚や肉、ミルクなどが多い。野菜や米などはもう自給自足しているから必要ないのだが、果物やお菓子やと欲しいものは結構あるらしい。大抵リストにあるものを全部揃えていたら、大きめのワゴンが一杯になるのだから。




 白白と夜が明ける。


 容子はそれを横目に見ながらあくびをかみ殺した。


 たまに肉体労働なんてするもんじゃない。お陰で今日は起きるのがいつも以上に辛かった。朝は苦手だった。隙あらば布団に潜りこみたいと脳が葛藤する。その未練がましい感情を理性が何とか意識をベットから引き剥がして勝利を収めるんだけど、その代わりに感情面の脳がストライキを起こしてぼんやりとしていてしばらく頭が働かない。そう言い訳すると、大抵真紀さんはけたけた笑うんだけど。


 うー・・くっそー・・・。


 必死で腕に爪を立てる。


 体がドロのように重い。眠った気がしない。夢の残像が見えるよ・・。


 こっちが必死になって体面を保とうと立って待っていると言うのに、真紀さんはとっととワゴンの助手席に収まってすやすや寝ている。


 珍しく自分も行くと言ったらあっという間にこの有様だ。


 あんたと言う奴はーぁっ


 本当に行くだけ。丸っきり手伝う気はないな?


 珍しく時間通りに来たと思ったら、初めっからこれを狙っていたのだろう。そうなると、ワゴンの後部座席しかない。一杯まで荷が積めるようにと後ろの座席を外し、ほとんど剥き出しの状態になった後部座席ははっきり言ってエンジンの爆音は凄いわ、振動も凄いわ、匂いも頂けないわとある意味最高な座り心地なのだ。 


 「おはようございます」

 無愛想な声がかかり、眉間を押しながら目を上げた。


 本郷篤だ。


 こいつは本当に表情が変わらない。いつも怒っているように見えるし、不機嫌そうにも見える。しかし、昨日の労働の疲れは微塵も感じられなかった。


 さすがは運動部ってとこか。


 「おはよう。時間ぴったりね」


 朝の6時。意地悪な意味も込めて、この時間を指定した。


 今時の学生が、この時間に起きて来られるかと思ったけれど、昨日は特に文句も言わずに承知し、そして時間通り来た。


 まずは合格。

 組んでいた手を下ろして、ワゴンを指す。


 「それじゃ、免許持ってきている?まず、市場からね」


 キイを渡すと、それを受けとって本郷篤は運転席に乗り込む。容子も後部座席に納まった。何も言わずに操作を見守る。


 マニュアル車なんだけれど、特に戸惑いもせずにエンジンをかけて車は比較的スムーズにスタートした。手馴れた動きからも、オートマにばかり乗っていたのではなさそうな慣れがある。取りあえずは運転を任せても大丈夫そうだ。


ちょっとほっとした。


 真紀さんは免許あるくせに、しかもマニュアルOKなのに、何故かこの車はダメだ。しょっちゅうエンストを起こし、ギアの使い方は無茶苦茶で、終いには排ガスならぬ黒煙を吹き上げさせ、この若いとはいえない車を散々酷使した。とてもじゃないけど、真紀さんには恐くて運転を任せられない。


 大きいからだとか、ギアの変換の位置が分かりにく過ぎだとか色々文句を言っていたが、そもそも彼女は車自体に向いていないのだと思う。確かにこのギアは柄の部分が長くて、トラックみたいで慣れないと妙な感じがするけれど。


 でも、何で真紀さんはこれでバイクならOKなのかが不思議よね。


 ホント、世の中には矛盾が一杯だ。


 相変わらず、もの凄い唸り声を上げてエンジンが回っているために、眠気が少し飛んだ。


 それからほどなくして、新鮮野菜市場に辿りついた。

 「おばちゃん!そのバナナ、1箱で幾ら?」

 「あら、容子ちゃん。今日はまた随分早いねぇ」

 「ああ・・まあね」

 「おや、新顔かい?」


 市場はすでに朝早くから活気に満ちていた。

 野菜と果物の香りで溢れている。すがすがしい朝の匂いとこの活気。自然にそれにつられて声が大きくなる。雑然としていて競り落としている八百屋や業者のおじさん達の声があちこちに飛び交っている。


 こういう活気は好き。自分まで元気になっていく。

 

 そこで、すでに顔見知りになっていたおばちゃんの目が後方に流れて、容子はああ、と口を開きかけた。


 「容子ちゃんの彼氏かい?」


 「は?」


 絶妙のタイミングで言いかけた先を折られて、あまつさえ予想外の一言に、しばしコメントできずに固まった。


 「嫌だよう容子ちゃんてば!は、なんて照れなくっても良いのに。カッコイイじゃないの、今風で背も高くって」


 赤ら顔でおばちゃんは何がおかしいのか、あはははと明るく笑った。


 「いや、あの」


 「へぇ、容子ちゃん、何だ。今日は彼氏付きか!お安くないねえ!!いいねえ、若いってのは」


 隣りのおじさんまでがっはっはと笑う。


 「いや、だから」

 「兄ちゃん背が高いなーぁ。何センチだ?」

 「185センチです」


 いや、だから・・


 「へえ、良い体格しているねえ。なにかスポーツやっているのかい?」

 「あー、バスケを」


 だから、ちょっと待てーっ


 何故か和気藹々と無敵のおじさんおばさんコンビに無愛想な本郷篤が喋っている。

 肝心な所を流したまんま井戸端会議をするな!!人の話を聞けー・・!!

 ここで流されてはかなわない。こぶしを握る。


 「あのっ」

 「やったね、容子ちゃん!今日はお祝いだよー。何でも持って行きな!バナナだけかい?」

 「おっと太っ腹!さすがはおかみさんは心意気が違うねえ」

 「やだよ玄さん、おだててもあんたにゃなにも出てこないよ!」


 そうは言うものの、嬉しそうにまたけたけたと笑う。

 底抜けに明るいおばちゃんだ。


 「そうかい!んじゃ、俺んとこでも大放出だ!好きなの選びな!大負けに負けとくぜい!」


 捩じり鉢巻も勇ましく、おじさんまで気風の良い所を見せる。薄いビニール袋を持って、準備万端だ。


 いや、だから・・・彼氏じゃなくて、バイト・・・なんだけどな。


 「ほら、どんどん言いな!」


 くっと拳を握り締め、リストを思い浮かべる。

 そりゃもう速攻で、品物を指していた。ここで気が変わられちゃーお終いだ。


 「んじゃ、これとこれとこれと・・・あとこのイチゴも!!」


 「よっしゃーっ」


 指示どおりに手際よく商品を袋に入れていく。

 結局訂正の台詞は涙を飲んで胸の中に葬られた。

 タダってのには魂売っても逆らえない!経費削減。経費削減よー。

 カートに乗せるだけ乗せて、残りを本郷篤がダンボールを一つ担いでくる。黄色のバナナがきらりと口からのぞいていた。


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